ジャンプの漫画学校講義録⑧ バトル・ファンタジー漫画編 担当編集者座談会・質疑応答

週刊少年ジャンプ・ジャンプSQ.・少年ジャンプ+編集部は、2020年度より、漫画家を対象とした創作講座「ジャンプの漫画学校」を開講しています。
第1期の全10回の講義より、一部を抜粋し、本ブログで順に公開していきます。
今回は講義を担当した編集者の「バトル・ファンタジー漫画」に関する座談会、受講生の質疑応答の様子を紹介します。
半世紀以上にわたって多くの人気作品を輩出してきたジャンプの持つ経験やノウハウが、クリエイターの皆様の漫画制作の一助になれば幸いです。

 


 

【講師】

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■編集者座談会

議題1「バトル・ファンタジー漫画でネームに詰まった時の解決法」

 人と話すと解決する場合が多いので、編集者にネームを送るのが一番早いと思います。1週間くらい悩むのであれば、一旦置くのもいいです。僕は「これを描けるようになるまで、取っておきましょう」という言い方をよくします。離れて気づくことがあったり、そのネームを描くために必要な知識が足りていない可能性もあるので。

 

片山 何に詰まっているかにもよりますが、僕の場合、アイデアが足りないと思ったら別の漫画、映画、小説から意識的にアイデアを探します。「このキャラ、何かあと1つあれば良くなるのに……」という時、他の作品が参考になって助けてくれる時があります。

 

小池 ネームに詰まるのには色々な段階があり、結局のところ、面白く感じていないからだと思います。そこには3つのレイヤーがあって、1つ目はアイデアがつまらない。2つ目は構成が上手くいっていない。3つ目は演出が滑っている……のどれかだと思います。

例えば「このキャラとこのキャラが戦う」という展開にわくわくしなかったら、それは根本のアイデアがいまいち。打ち合わせし直す必要があります。2つ目の構成の問題は、具体的には話の溜めや、持って行き方が悪いということです。根本のアイディアは面白いなら、ネームを試行錯誤して最適の構成を探しましょう。3つ目の演出は、例えば「戦いが始まる」という場面から普通にバトルシーンに入るのか、別の見せ方をするか、構成の上のレイヤーの細かい演出アイデアを検討するといいと思います。

 


 

議題2「ファンタジーの雰囲気が好きですが、担当編集に削るように言われます」 

小池 客観的には削った方がいいのだと思います。ただ、作家さんにとって「これを描きたい!」というものもありますよね。なので現時点では面白さが伝わっていないというか、担当との綱引きに負けているということは認めた上で、どう面白いと言わせるか。そこを検討すべきかと。

 

片山 『ブラッククローバー』(田畠裕基)では、魔法で洗濯物を乾かしたり畑を耕したりするシーンがあります。ファンタジーは舞台が現実と異なるので、その世界での衣食住は読者の共感を得るのに重要なポイントだと思います。なのでそこに関わるファンタジー描写は、「世界観描写に必要」と胸を張って言えますよね。

 

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『ブラッククローバー』(田畠裕基)より

 

小池 今の話で『トリコ』(島袋光年)の1話を思い出したのですが、あの作品は最初に釣りから始まります。『HUNTER×HUNTER』(冨樫義博)も釣りから始まっています。

 

片山 あと『DRAGON BALL』(鳥山明)もです(笑)。

 

小池 漫画における釣りのシーンは、一場面でキャラの生活感と作品の世界観が見える優秀な一手と言われてきました。さすがに今は使い尽くされてきましたが、ワンアクションで色々なものを表現できる方法があるといいですね。

 


 

議題3「バトル漫画の敵キャラの作り方」 

片山 『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)には鬼舞辻無惨、『呪術廻戦』(芥見下々)には真人という敵キャラがいますが、自分が思うのは「主人公たちと価値観が真逆」だと敵キャラが立つということです。とても単純に言ってしまうと「仲間が大切」と言っている主人公に対して、「仲間なんていらない」「自分さえよければいい」とか。そうすると物語でも対立が生まれやすいと思います。

 

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『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)より



 

小池 それは敵キャラに限らず、炭治郎いての善逸とか、炭治郎いての伊之助とか。それぞれ近さと対比でキャラを作っていくのだと思います。

 

 僕は「分からないこと」が大事だと思っています。例えば敵キャラの目的が明確に「世界征服」とか語られると、「ちっちゃ!」と感じちゃうんですよ。昔のエンタメでは、敵の目的は世界征服とか永遠の命とか分かりやすい欲求でしたが、今は個人的な目的に変わってきています。『鋼の錬金術師』(荒川弘)もそうでしたよね。

さらにそれを押し進めると敵の本当の目的って、主人公たちには「理解できないこと」なのかも知れません。『新世紀エヴァンゲリオン』の「人類補完計画」って、すごく気になるけれど良くわかりませんでしたよね? ただ、やり過ぎると読者が付いてこれないので、分かりやすいフックを作る必要があります。そこはバランスでしょうね。

 


 

議題4「売れるバトルファンタジーを作るには?」

片山 僕も知りたいです!

 

 これを「分かる!」という人には気を付けた方がいいです(笑)。作家さんと担当編集は「僕らは面白い」までは確信が持てますが、それが多くの人に当てはまるかは分かりません。そこから先は麻雀みたいなもので、時の運がかなり影響すると思います。「自分たちが面白い」まで到達できれば生き残れる可能性は上がりますが、売れるかは分からない。運が乗れば大ヒットするかも知れない。

逆に打ち切られた漫画が全部つまらなかったかというと、そんなことはないと思います。作家さんには「時代を先取りしすぎましたね」「いつか歴史が評価してくれるかも」「そのためにも面白いものを作って、過去作もすごかったと言われるように頑張りましょう」と言っています。実際、10年経って重版がかかった作品もあります。

答えになっていないかも知れませんが、「作家さんと担当が、心から面白いと言えるように頑張る」だと思います。

 

小池 「過去に大ヒットした作品はこうでした」は言えますが、今の作品にそのまま使えるかというと、そうではありません。漫画の難しいところは、正解は無数にあるのに「これを繰り返せばOK」がないところ。自分の作家性や持っているテーマから、新しい正解を見つけるしかないと思います。

 

片山 その通りですね。……ただそれだけだと回答として寂しいので、敢えて個人的な考えを挙げるとすれば、技名を入れるといいかも、と思います。日本は柔道や剣道、空手など格闘技が盛んで、相撲にも「決まり手」がありますよね。日本人は歴史的に見ても技が好きなのでは、と推測しています(笑)。

 

小池 逆に『チェンソーマン』(藤本タツキ)は技名がありませんよね。何か理由がありますか?

 

 技名を入れると分かりやすくなりますが、少し幼い印象を持たれる場合もあります。先程の敵キャラと一緒で、どちらが正解というわけではありません。『血界戦線』(内藤泰弘)は逆に「技名を叫んでから殴る漫画です」と、コンセプトとして掲げられていますし。ここもバランスというか、技名を入れることに必然性があるか、違和感はないか、ですね。

 

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『チェンソーマン』(藤本タツキ)より

 

受講生の質疑応答

「グロテスク描写はリアリティを高める反面、嫌がる読者もいると思います。どの程度が良いですか?」

 

 「カッコいいと思える程度」が望ましいと思います。よく作家さんに許容ラインを聞かれますが、「首が飛んだらNG」みたいな明確な基準はありません。そのバトルにおいて、必然性がある残虐性なら許されることが多いです。カッコいいかどうかは感性なので難しいですが、過剰に残虐性を誇張すると読者の嫌悪感が強くなるので要注意ですね。もちろん僕と作家さんがOKでも、編集部がNGであれば直します。

 

小池 どれくらいの読者や反響を狙うかという温度感ですね。あとは作品にもよります。『チェンソーマン』と『鬼滅の刃』『僕のヒーローアカデミア』(堀越耕平)では、同じ首が飛ぶでも受ける印象は違います。それを踏まえて、作品ごとにコントロールするしかないです。

 

片山 『呪術廻戦』の1話のオカルト研究会の井口は、最初のネームでは首を食われて死んでいました。今思うとどちらでも良かったのかも知れませんが、「もしメディア化された時、アニメで多くの人が最初に観るには刺激が強すぎるかなぁ……」と、芥見先生と相談してライトな形にしました。考え方はそれぞれですが、僕は特に物語の最初の方は、敬遠してしまう読者をできるだけ減らそうと考えます。

 

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『呪術廻戦』(芥見下々)より

 


 

「泣かせるための死亡シーンがチープにならないためにはどうすればいいですか?」

 

小池 そこにオリジナリティがあるかどうかで、テンプレに見えたら寒いですよね。「コイツ、こんなところで死ぬんだ!?」というタイミングにオリジナリティを出したり、死ぬ時にすごい刺さる言葉を発するとか、目新しさがあるといいと思います。あとはその死に必然性を感じるというか、「このキャラがここで死ぬことで、作品が面白くなっている」かどうかですね。

 

片山 僕が思い出すのは『ジョジョの奇妙な冒険 戦闘潮流』(荒木飛呂彦)でシーザーが死んだ時の、ジョセフの「リサリサ先生 たばこ逆さだぜ」という場面です。シーザーの死を悲しむ演出としてアイデアがありますし、そもそもシーザーを素晴らしいキャラクターとして育て上げていたから、すごい心に刺さる死亡シーンになったのだと思います。

 

 チープという感情は「見たことある」から生まれて、その回数が多いほどチープになるんだと思います。だから演出や言葉や構成が、他の多くの作品にもあるかどうか。定番過ぎる「死亡フラグ」は、もはやギャグですよね。でも、しっかり関係性までを描いたキャラクターの死が周囲に与えるドラマ、それ自体はチープにはなりにくい。それをどう見せるかだと思います。

 


 

「ファンタジーの設定説明にページを取られてキャラクター描写がおざなりになります。キャラクターと設定を兼ねる方法はありますか?」

 

 頭のカロリーをかなり使わないと理解できない設定は、連載の序盤と読切では避けた方がいいと思います。『HUNTER×HUNTER』や『ONE PIECE』(尾田栄一郎)は設定も多いですが、僕は「お客様との契約が既に済んでいる作品」と言っています。ちょっと長い設定を読む必要があっても、あれだけ面白い作品であることが分かっているから、読者は理解しようしてくれます。

しかし若い、特に読切の作家さんは読者との契約が済んでいないので、別の作品のついででしか読んでもらえない。そして、その「ついで」の機会でお客さんを掴むしかない。だから新人さんの漫画は読みやすさが最優先です。カロリーを使う設定を描いた時点で、お勧めできない戦略だと思います。

 

小池 編集者・漫画家あるあるで「1ページ目は語り(説明)で始めるな」と言われますが、必ずしもそうとは限りません。『ONE PIECE』も『NARUTO-ナルト-』(岸本斉史)も語りから始まっていますから。読者の興味が上回っていれば、説明は説明ではなくなります。

例えば歴史って学校の授業で聞いてもつまらないけれど、大河ドラマにしたら大ヒットする場合もあります。ドラマは視聴者の興味を先行させているから、説明を説明でなくしているんです。

 

片山 議題2にも繋がる話ですが、どうしても設定を入れたいなら、キャラクターを絡めて面白くするのはどうでしょう。『バーフバリ 伝説誕生』という映画では、石のご神体に苦労して水をかける母を不憫に思ったバーフバリが、ご神体を持ち上げて滝に入れて、「未来永劫水は降り注ぐ」というシーンがあります。その行動がバーフバリの「力持ち」「母想い」「信心深い」というキャラクターと、作中の宗教観、文化様式も表現しています。1回の行動で多くを伝える工夫があるといいですね。

 


 

「『鬼滅の刃』『チェンソーマン』は話の展開が速いと感じますが、敢えてでしょうか?」

 

 昔の漫画に比べると、今はテンポが速い方が好まれる実感があると、よく作家さんとも話しています。敢えて速めているのではなく、これがベストだと思っています。

 

片山 読者の興味を途切れさせないためには、テンポよくお話を見せることは大事な戦略です。

 

小池 少し前のジャンプでは『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(秋本治)『NARUTO-ナルト-』『BLEACH』(久保帯人)といった長期連載でじっくり深く見せる作品が比較的多かったので、逆にテンポの速い漫画が新鮮に見えるサイクルなのかも知れませんね。80年代のジャンプ漫画も展開がすごい速かった。もしかしたら今後、またじっくり見せる漫画が目立つ時代になるのかも知れません。

 


 

「好みが少年漫画向けのマスでなく、それでも少年漫画で大ヒットしたい場合はどうすればいいでしょうか?」

 

 大ヒットにこだわらなければ、受け入れてくれる媒体を選べばいいのですが……見たことがない設定やテーマは、まず読切でお客さんがいるか試します。プロとして描くのであれば、最低限、連載ができてご自身が食べていけるだけのお客さんを抱えないといけません。読切で試して戦えるレベルであればやればいいし、いないなら他でやるか、ご自身の描き方を変えるしかありません。

 

小池 個人的にはマス向けじゃない好みは、半分は武器だと思います。ただ、普通にやっても受けないので、伝え方を考えるべきですね。

『逆転裁判』というゲームがありましたが、普通「法廷バトル」というジャンルを聞いたら、子供向けのゲームでは厳しいと思いますよね。でも対決構図やキャラの強さ、ゲーム性などで受け入れられるようにしています。同じくゲームの『ダンガンロンパ』もキャラクターを立てて、すぐ死刑になるデスゲーム感を出して、推理物を新しくアップデートしていました。だからマスじゃないものを、どう売れるようにするかだと思います。

(了)

 


 

この講座は2020年10月31日に開催された「ジャンプの漫画学校」第1期講義「ジャンル別編/バトル・ファンタジー漫画について」からの抜粋です。他にも「バトル・ファンタジー漫画考え方ガイド」「『ブラッククローバー』『鬼滅の刃』『呪術廻戦』の始まり方・共通点」「堀越耕平先生の作品から見る『作者が好きなもの』『読者に受けるもの』との格闘」など、様々な事例や考察が紹介されました。

 

【「ジャンプの漫画学校」とは】

新人作家・作家志望者を対象とした「大ヒット連載」を目指すための講座です。ただし漫画には教科書や方程式はなく、作家によって性格・センス・考え方が違うからこそ「多様な正解」が存在し、そこに至る道筋も様々です。本講座ではジャンプに蓄積された大量の成功例を元に、多様な正解を提示・分析し、受講者それぞれに合った「正解」を担当編集と一緒に探求していきます。

 

https://school.shonenjump.com/

 

※「ジャンプの漫画学校」第2期も準備中!詳しくは続報にて!!

 

©田畠裕基/集英社 

©吾峠呼世晴/集英社 

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©芥見下々/集英社 

 

ジャンプの漫画学校講義録⑦ギャグ・コメディ漫画編 「ギャグ漫画は好感度が大切」

週刊少年ジャンプ・ジャンプSQ.・少年ジャンプ+編集部は、2020年度より、漫画家を対象とした創作講座「ジャンプの漫画学校」を開講しています。
第1期の全10回の講義より、一部を抜粋し、本ブログで順に公開していきます。
今回は「ジャンル別編/ギャグ・コメディ漫画について」から一部を紹介いたします。
半世紀以上にわたって多くの人気作品を輩出してきたジャンプの持つ経験やノウハウが、クリエイターの皆様の漫画制作の一助になれば幸いです。

 

【講師】

ジャンプSQ.副編集長 服部雄二郎

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<主な担当作品>

『斉木楠雄のΨ難』『保健室の死神』など。

 


 

ギャグ漫画で好感度を上げる7つのポイント!

①ギャグ漫画は好感度が大切

服部 ギャグ漫画というものは好感度が大切です。「ギャグだから面白いことをしていればいい」と思われるかも知れませんが、それだけでは読者の人気は取れません。ギャグの面白さは当然必要ですが、まず、キャラクターをいかに好きになってもらうかが大事です。

 

②キャラクターをいかにして好きになってもらえるか

服部 必ずしもギャグ漫画に限った話ではありませんが、ギャグ漫画は1話完結スタイルが多いジャンルです。それは他のジャンルに比べ、新規読者が入ってくるチャンスが多いということです。続きもののストーリーと異なり、1話完結には毎週毎週読者が最初から最後まで読むことができるメリットがあります。

 ただ、そこでキャラクターの好感度が低いと読者が読むのをやめてしまうので、いかに好感度の高いキャラクターをたくさん作っていけるかが大事です。

 

③「変なことをする=面白いやつ」ではない

服部 では次にどうやってキャラクターを作るか。ギャグ漫画のキャラクターは「変なことをするやつ」という印象がありますが、変なことが必ずしも面白いわけではありません。実際に例を見てみましょう。

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服部 これは『新世紀アイドル伝説 彼方セブンチェンジ』(麻生周一)の主人公が初登場するシーンです。これだけ見ると面白いかも知れませんが、キャラクターが何をしたいのか分からない。つまり読者は感情移入しにくく、そうすると好感度も低くなりがちなんです。

 

④「変なやつ」だけでは読者と分かり合えない

服部 「変なやつ」だと読者が分かりにくいし、そういうキャラクターは行動も理不尽になりがちです。現実でも他人に理不尽な行動をされると、大抵の人は嫌ですよね?

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服部 これは麻生先生の初連載の『ぼくのわたしの勇者学』で、主人公・鋼野剣という先生が赴任してきて勇者学を教えるという作品です。

 主人公は先生なのに生徒に理不尽に切れていますね。右ページの3コマ目は「オレを学べ」といって、「普通にイヤですけど」とツッコミまで入れられています。そもそも主人公が登場人物から好かれていません。少なくとも主人公は登場人物から興味を持たれていないと、読者が興味を持つのは難しい。「変な人だなぁ」という印象で終わってしまい、共感されない場合が多いんです。

 

⑤キャラクターの個性をどう見せていくか

服部 では、どうやって好かれるキャラクターの個性を見せていくか。そのヒントになるのが「分かりやすい個性」です。ストーリー漫画の場合、設定をこねくり回していたら、読者に設定を見せるだけの漫画になってしまいます。ギャグ漫画も一緒で、自分が取り回せる範囲でキャラクターの個性を作りましょう。

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服部 『斉木楠雄のΨ難』(麻生周一)に登場する燃堂力というキャラクターは、一言でいうと「バカ」。作中でもどれだけバカかを分かりやすく伝えています。そして主人公の超能力者・斉木楠雄も、何も考えていない燃堂だけはテレパシーで心を読むことができない。そのため行動が予期できず、ストーリーを膨らませることができるキャラクターになりました。

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服部 海藤瞬は中二病とされるキャラクターです。カッコつけたがりの思春期の男の子をブーストさせて、闇の組織と戦っていると思い込むキャラクターにしています。そうすると何に対しても「ダークリユニオンが~」と反応してくれるし、それにツッコミを入れることができる。修学旅行では、カッコつけて現地の方言を使って周りから「うわぁ」と思われたりと、中二病から膨らませて親近感を抱かれるキャラクターになりました。

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服部 もう一人は照橋心美という、全世界が憧れるという設定の美少女で、ちょっと難産のキャラクターでした。美少女だから誰もが好意的ですが、斉木楠雄だけは彼女の心が読めるからなびかない。すると自分になびかない彼に興味を持ち、それ以降、動きやすいキャラクターになりました。

 これまで挙げたような、シンプルな設定のキャラクターは取り回しがしやすく、逆に設定を細かくしてしまうと、縛られて自由に動けなくなり、読者もどういうキャラクターか読めなくなってしまいます。キャラクターはシンプルで分かりやすくしましょう。

 

⑥好感度は漫画の中にも表れる

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服部 先程の『ぼくのわたしの勇者学』の鋼野剣は、作中のキャラクターたちから苦手とされることが多い主人公でした。一方の斉木楠雄は周囲に好かれていて、初詣の回では皆が彼に寄ってきてくれます。物語の中心は主人公で、周囲は皆、主人公のことを気にしているというのが簡単な構図の作り方です。そこから話を膨らませていきます。

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服部 ちょっと脱線ですが、『斉木楠雄のΨ難』と前2作の大きな違いは、主人公がボケではなくツッコミ側ということです。ツッコミ側の主人公は変なことをしないから読者に嫌われにくく、話も作りやすくなります。

 

⑦個性の付け方でも好き嫌いは分かれる 

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服部 『斉木楠雄のΨ難』の鳥束零太というキャラクターは欲望丸出しで、しかもそれが「モテたい」とか下世話なものです。さらに欲望のために能力を悪用するから、作中のキャラクターたちに敬遠されている。欲望だけの個性では駄目なんです。そして漫画の中で嫌われているキャラクターは他のキャラクターとの絡みも減って、ますます読者人気が取りにくくなってしまいます。だからキャラクターの好感度はとても大切なんです。

 

(了)

 


 

この講座は2020年10月31日に開催された「ジャンプの漫画学校」第1期講義「ジャンル別編/ギャグ・コメディ漫画について」からの抜粋です。他にも「ツッコミの重要性について」「コメディ漫画のコツはコツコツ」「花には水を、ストーリー漫画にはギャグを」など、様々な事例や考察が紹介されました。また講師陣の座談会、受講生からの質疑応答も行われました。

 

【「ジャンプの漫画学校」とは】

新人作家・作家志望者を対象とした「大ヒット連載」を目指すための講座です。ただし漫画には教科書や方程式はなく、作家によって性格・センス・考え方が違うからこそ「多様な正解」が存在し、そこに至る道筋も様々です。本講座ではジャンプに蓄積された大量の成功例を元に、多様な正解を提示・分析し、受講者それぞれに合った「正解」を担当編集と一緒に探求していきます。

 

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※「ジャンプの漫画学校」第2期も準備中!詳しくは続報にて!!

 

©麻生周一/集英社

 

ジャンプの漫画学校講義録⑥ 作家編 松井優征先生「防御力をつければ勝率も上がる」

週刊少年ジャンプ・ジャンプSQ.・少年ジャンプ+編集部は、2020年度より、漫画家を対象とした創作講座「ジャンプの漫画学校」を開講しています。
第1期の全10回の講義より、一部を抜粋し、本ブログで順に公開していきます。
今回は「作家編①」から松井優征先生の講義の一部を紹介いたします。
松井先生が語って下さったノウハウや考え方が、クリエイターの皆様の漫画制作の一助になれば幸いです。

 

【講師】

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必ず身に着くテクニック「防御力」!

松井 漫画では「面白さとは何だろう?」といった問題が常に付きまといます。一昔前の編集さんは「面白ければ何でもいい」と言い、では面白いとは何かと聞くと「人それぞれだよ」という人が多かったです。皆さんはそういう人の言うことを聞いてはいけません。「面白い」とは何なのか、それは作家も編集も本人なりに言語化できないといけません。

 そこでまず説明したいのが「防御力」です。

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松井 よく野球で「バッティングは天性」「守備は練習した分だけ上手くなる」と言われますが、それは漫画にも言えます。せっかく面白いものを描いても守備のミスで失ってはもったいないですよね。この「防御力」を頭に留めておいて下さい。

 それではここで「面白さ」の説明ですが、僕の場合、言語化すると簡単な数式になります。

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松井 ここで基準となる「読者の脳が得るメリット」は以下のようなものです。

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松井 ストーリーが面白いと脳が喜びます。「華のある絵」を見ると脳が刺激を受けて喜びます。その他もすべて、読んで浸って脳が喜ぶものです。

 ただしこれらのメリットは作家が既に身に着けているセンスや、その時の運に左右されます。努力して身に付く場合もありますが、大体4割くらいでしょうか? ちなみに「運」とは、『暗殺教室』の「先生が生徒に暗殺される話」というコンセプトです。僕はこれを思いついた時、あまりにありきたり過ぎてすぐにgoogle検索しました。既に誰かがやっているだろうと思って。幸いにも僕が最初でしたが、そうでなければ5年後、10年後には誰かがやっているはず。そんな鉱脈を運よく掘り当てたということです。

 対して「読者が支払うコスト」はこの3つです。

 

<読者が支払うコスト>

・金

・時間

・労力

 

松井 お金、つまり雑誌やコミックスの定価は決まっているので、問題は時間と労力です。

 ジャンプを丁寧に読むと1時間はかかりますよね。普通の人の1日の活動時間が大体16時間なので、その内の1時間を頂くと考えると結構重いコストです。

 そして漫画を読むと脳を使うから疲れます。目も疲れます。ページをめくる手も疲れます。「面白ければページをめくる労力なんて気にならない、脳も興奮しっぱなしだ」と思うかも知れませんが、さにあらず。これについては追って説明するので一旦戻します。

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松井 先程の「面白さ」の数式に当てはめてみましょう。メリットから3つのデメリットを引いて、この差が大きいほど「面白い漫画」です。それでは読者が払う2つのコスト、労力と時間について考えます。

 例えば皆さんの前に、世界中の名作漫画が積まれたとします。これを無料で読めると言われても…恐らく1~2割も読まないと思います。なぜかというと、時間のコストが膨大だから。世界中の名作を全部だなんて、一生費やしても読み終わらない。どんなに名作であろうと、時間のコストはちゃんと存在するんです。

 労力のコストは、例えば名画「モナリザ」が日本に展示されたとします。しかし美術館は歩いて3時間の山の上。しかも館内でも3時間並びます。モナリザの前に着く頃には、体はヘトヘトで頭もまともに働きません。こんな状態では名画を堪能するなんてできませんね。

 つまり時間と労力とは、皆さんの想像以上に減らすべきものです。先程留めておいて頂いた「防御力」とは作家の働きでできる、金以外のコストを減らす努力なんです。

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読者コストを減らす7つのポイント!

松井 では次に読者コストを減らす方法、その代表的なものを紹介します。

 

①大筋を理解するのが容易

松井 『暗殺教室』であれば「生徒が先生を暗殺する話」、『魔人探偵脳噛ネウロ』であれば「謎を食う魔人が探偵をやる話」と、一言で説明できる作品です。これはとても重要で、「何か漫画を読みたいな~」という人に作品を一言で紹介できると、「じゃあ、ちょっと手に取ってみよう」となりやすいんですね。それが「ファンタジー世界に転生した男が様々な強敵と丁々発止のバトルを…」みたいに長々とした説明だと、どんなに面白くても読む気が失せてしまいます。実はこの段階で、読者は読む際にかかるコストを予想しているんです。つまり説明が容易でぱっと入れる漫画は、それだけコストが低いんですね。

 

②どこに注目して読めばいいかはっきりしている

松井 ①と少し共通しますが「今、自分は何のシーンを読んでいるのか?」「キャラクターたちは何を語っているのか?」みたいに内容を見失うと、読者はすごく疲れます。そのためにはそのコマ、台詞、シーンはどんなテーマを持っているのか明確にしなければいけない。

 

③文字数を一文字でも少なく

松井 週刊連載の1話にあるフキダシは、平均して50個ぐらいでしょうか? 全部のフキダシから3文字程度減らしたら、150~200文字くらいの削減になります。200文字って、いざ読むとなると結構な労力ですよね。それを取り除くことができれば、読者の脳に「この漫画は読みやすい」と、潜在的に植えつけることが期待できます。

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松井 こちらは文字削減の例です。左のいかにもな誘拐犯の台詞を削ってみましょう。

人質交換なので「ここまで」持ってくるのは当たり前なので削れます。「引き換えに」も「交換だ」にすれば文字数が減ります。人質交換が終わったら帰すのが当たり前なので、最後の一言も要りませんね。このように、必要のない文字をどれだけ削ることができるか。積み重ねれば積み重ねるほど、読みやすさに返ってきます。

 

④絵が疲れない

松井 『ネウロ』の画面構成はトリッキーさを売りにするところがありました。

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松井 はい、こんな感じですね。消失点をずらしたり極端な遠近をつけたり、そういった表現が作品の随所にあります。でもこういうコマが1話に大量にあると、読んでいて疲れます。だから『ネウロ』では、こういうシーンは1話につき1~2ヵ所と決めていました。

 ではそれ以外のシーンはというと…1ページ前の見開きです。

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松井 正面、アップ、正面…と、むしろ、やっちゃいけないと言われそうなシンプルなコマ割りです。しかし敢えて単調にすることでメリハリも利くし、読んでいて疲れない。なるべく読者の脳が疲れていない状態で、先程の見せたいシーンに突入させる意図があります。

 

⑤不快にさせるキャラやストーリー展開がない

松井 不快なことは単純に脳にとってストレスです。作品では主人公が負けるなどのストレス展開も必要ですが「すぐにリベンジする用意ができている」「試合に負けたけれど勝負には勝っていた」とか、読者のストレスをこまめにケアする工夫が必要です。

 不快にさせるキャラクターとしては、『ネウロ』の主人公・ネウロがそうですね。傲岸不遜でやりたい放題で単体で見ると不快ですが、そこに弥子という相方がいます。彼女はバイタリティが強くて、ちょっとしたことではへこたれない。弥子がネウロのマイナスをプラスまで持っていってくれる。『ネウロ』ではキャラクターのバランス調整を予め設計図に組み込んでいました。

 

⑥つまらないコメディシーンやセンスのないオシャレは省く

松井 すごく残酷な話ですが…。新人さんの読切では時々「すごい楽しいことをやっています」の記号として、序盤に長めのコメディやギャグが入ることがあります。面白ければいいのですが、つまらなければ読むことをやめたいくらいのストレスです。ギャグに自信がなければ読切ごとに少しずつ増やして様子を見る、色々な人に意見を聞くなどしましょう。オシャレも同様です。

 とにかくこの2つは食う情報量がすごく大きい割に、作品の本筋から外れることが多く、②の「シーンをテーマで包む」が難しいんです。失敗した場合の読者のストレスはすごいと覚悟して、慎重にに挟むようにして下さい。

 

⑦読んだ時間・労力の割に内容が濃い

松井 これは一見すごく矛盾しているように思われますが、今回の授業でもメインでお話ししたかったことです。本来であればこれだけで1コマ使うくらいのクリエイターの奥義、それが「兼ねる」です。これから説明していきます。

 


 

「兼ねる」が大事!

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松井 漫画を読んで「すごい内容量なのに、何でこんなにサクサク読み終えたのだろう?」みたいな経験は皆さんにもあると思います。この「兼ねる」は本当に驚くほどの効果で、魔法にかけられた気になります。改めて基礎として、例を紹介させて頂きます。

 まず、下のような場面を描くとします。

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松井 知人に死亡フラグが立っているというコテコテのシーンですね。ノルマとして、作中にこの3つの情報を入れる必要があったとします。

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松井 えらいことになってしまいました。この2コマで1ページを使ってしまったので、めくった次のページに続きの1コマを入れます。

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松井 はい、情報をすべて入れました。でも最後の1コマは、できれば前のページの一番下に収めたいですよね。そういう場合「兼ねる」が活用できます。

 まず、最初の振り向くコマは左右の余白が余計ですね。2コマ目の大きな集英社の絵は、隣のビルまでは要らない。それらを消してこのように修正しました。

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松井 一番コストを食う「主人公のアップ」「燃えている集英社」の2コマを兼ねました。振り向く動作まで兼ねると詰め込み過ぎなので、切り離して最初に小さく入れたのがミソです。スペースが空いたので、次のページにはみ出していたコマも収めることができました。

 そしてこれが重要なのですが、皆さんはこれを見た時、最初の例と比べても情報量が削られたとも、絵が小さくなったとも感じないはずです。これが「兼ねる」の機能です。

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松井 こうしてコマを詰めることができたので、めくった1ページにインパクトのあるコマを入れることができます。多分これ、大西さんです(笑)。

 他にも「兼ねる」は、小さなことから作品全体のマクロなことまで、色々な部分で使うことができます。

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松井 2つのストーリーを兼ねる例は、『暗殺教室』のエピソードです。生徒たちをサポートする烏間先生という大人キャラがいます。彼がメインのシリーズを考えたのですが、生徒たちが主人公の作品なのでちょっと浮いてしまい、アンケートが落ちる可能性がありました。そこで次のシリーズで考えていた主人公・渚の覚醒エピソードを重ねました。烏間先生を活躍させつつ、渚を覚醒へと導くんです。つまり2つのストーリーを1つに兼ねた形ですね。同時に別の物語が楽しめるお得感があり、実際にアンケートでもすごい票を取りました。

 キャラ立てと世界観説明でぱっと浮かぶ例は『トリコ』(島袋光年)です。主人公のトリコは喧嘩が強くて大食いの気のいいお兄ちゃんですが、そのトリコを絶対的なキャラたらしめているのが「グルメ時代」という世界設定です。これらが何を兼ねているかと言うと、まず「入手が難しい食材があります」「入手にはこれだけの時間と手間がかかります」という世界観説明があります。しかし『トリコ』ではこれがキャラ説明にも繋がります。トリコは「食材を入手する難しさ」を聞いた時、ただ舌なめずりをするだけでキャラの説明になるんです。同じ世界観説明を繰り返す必要がない。これはすごいスペース削減となり、その分をバトルシーンに充てることができます。

 台詞と台詞を兼ねるは、先程にもあった台詞の効率化ですね。「俺とお前は」は「我々は」になど、複数を1つにまとめる言葉はたくさんあります。国語力の問題になりますが、きちんとやるとものすごいコスト削減に繋がります。

 こういった例は他にもあり、やればやるほど漫画がブラッシュアップされます。

 


 

防御力を伸ばすメリット

松井 では読者のコストを減らし、防御力を伸ばすメリットとは何でしょうか。

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松井 僕はよく連載をグライダーに例えています。スタート地点から下降線をたどって(人気が)下がっていき、何もしなければ地面(最下位)に落ちて終了。でもどこかで上昇気流をつかむとバンっと上がり、高い位置に戻ってからまた下降線をたどっていく…これを繰り返して、自分の望むところまで飛び続けていくんです。

 長期連載はこの上昇気流を何回つかむかが大事です。そこで防御力があると、人気の下降線を緩やかにしてくれます。つまり急に墜落しない。アンケートで読者は、同じくらい面白い漫画があれば、コストが少ない方に票を入れます。つまり「読みやすい」と思われた漫画は票を獲得する確率が上がり、人気も落ちにくくなります。そして次の上昇気流をつかむまでの猶予が少し延びるわけです。その猶予を活かして面白いストーリーや、とっておきのキャラクターを出すことができれば、また上がることができるかも知れない。この墜落しにくさが防御力のメリットです。

 防御力は自分が気を付けていれば伸びるものなので、ここがおざなりで当確線から落ちてしまうのはもったいないです。

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松井 人間には、調子のいい・悪いがあります。筆が乗らなかったり、いいアイデアが出ない時があります。でも防御力があると読みやすさが維持できて、少なくとも見てもらうきっかけをつかむことができます。

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松井 これが一番大事なことだと思っています。メリットのうえ、さらなる防御力に繋がることでもあります。

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松井 これまで講義でお話ししたことは、理屈では分かってもいまいちピンとこないかも知れません。でも自分がお客として漫画を読んで、そこで気づくことは実体験です。中でもストレスを感じたことは覚えやすく、自分の栄養にもなりやすいです。

 こちらは、僕がある漫画で見た例です。

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松井 こういったコマがあり、台詞がノドに近過ぎて「佐藤」だけ見逃しました。気づかず読み進めていくと急にキャラクターが「佐藤」と呼ばれていて。「えー? いつ名前が出たっけ」と読み返して、ようやく「ああ、ここで呼ばれていた」と気づきました。そのストレスを覚えているから、自分が同じようなコマを描く時はノドから離したり、逆にその前の「やっと来たか」の台詞もノドに寄せて呼び水にします。こうすれば「佐藤」も一緒に見つけてくれる。こういう工夫を思いついたんです。

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松井 皆さんの周りにはヒントが溢れています。漫画を読んで不快感を覚えたりつまらないと感じた時は、そこに皆さんにとってのチャンスが隠れていると思って下さい。

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松井 最後のまとめです。防御力は結局のところ、読者に対する気遣いです。そしてこちらがこっそり仕込んだコストを減らす工夫も、実は読者は気づいてくれています。この講義を受けている皆さんは、人の言葉に耳を傾ける柔軟性を持っているので、きっとお客さんを気遣うこともできるはず。「ここ大丈夫? 読みづらくない?」と、事細かに読者を気遣いましょう。

 

(了)

 


 

この講座は2020年10月3日に開催された「ジャンプの漫画学校」第1期講義「作家編①松井優征先生」からの抜粋です。他にも稲垣理一郎先生による「連載企画の立て方・考え方」、賀来ゆうじ先生による「『華のある絵』について」など、様々な講義が行われました。また受講生からの質疑応答も行われました。

 

【「ジャンプの漫画学校」とは】

新人作家・作家志望者を対象とした「大ヒット連載」を目指すための講座です。ただし漫画には教科書や方程式はなく、作家によって性格・センス・考え方が違うからこそ「多様な正解」が存在し、そこに至る道筋も様々です。本講座ではジャンプに蓄積された大量の成功例を元に、多様な正解を提示・分析し、受講者それぞれに合った「正解」を担当編集と一緒に探求していきます。

 

https://school.shonenjump.com/

 

※「ジャンプの漫画学校」第2期も準備中!詳しくは続報にて!!

 

©松井優征/集英社

 

ジャンプの漫画学校講義録⑤ 作家編 稲垣理一郎先生「連載企画の立て方・考え方」

週刊少年ジャンプ・ジャンプSQ.・少年ジャンプ+編集部は、2020年度より、漫画家を対象とした創作講座「ジャンプの漫画学校」を開講しています。
第1期の全10回の講義より、一部を抜粋し、本ブログで順に公開していきます。
今回は「作家編①」から稲垣理一郎先生の講義の一部を紹介いたします。
稲垣先生が語って下さったノウハウや考え方が、クリエイターの皆様の漫画制作の一助になれば幸いです。

 

【講師】

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・聞き手/週刊少年ジャンプ 本田佑行(担当編集)

 


 

通る企画を支える、大量の描きたい「タネ」!

本田 『アイシールド21』『Dr.STONE』はまったく違うジャンルで、企画の立て方や発想もそれぞれ異なる印象ですが、稲垣先生はどのように考えられたのでしょうか?

稲垣 僕がこれから話すことは自分自身には当てはまる、ケースバイケースのものです。まず『アイシールド21』を「第7回ストーリーキング・ネーム部門」に投稿した当時、アメフトは珍しい題材でした。なぜ野球やバスケではなくアメフトを描いたのか…「アメフトだったら採用される可能性が高いかも?」という読みがあったからです。

 そこで皆さんにお伝えしたいのは、描きたい漫画はいっぱいあった方がいいということです。例えば「ファンタジー世界で異能バトル」「異世界転生して冒険」といった、今となっては定着しているジャンルを描きたいとします。編集も「ありふれたジャンルでも、面白ければ通る」と言うと思いますが…。

本田 はい、面白ければ通りますよ!

稲垣 そりゃそうですよ(笑)。しかしそこで求められるのは「大体面白い」レベルを超えた「すごい面白い!」です。自分がその域に達しているか…ほとんどは「まあ、いけるだろう」くらいの確信までしか持てません。そして編集は同じ「まあ、いけるだろう」だったら、世に多数ある異能バトル漫画よりも、珍しいアメフト漫画やアイスホッケー漫画を選びます。だったら、こちらも通りやすい題材を狙った方が有利ですよね。

 もちろん、異能バトルを描きたい人に「それだと通らないからアイスホッケーものを」と言っても、興味がないと描けません。しかし普段から描きたいものを山ほど抱えていれば、その時に一番通りそうなものを選ぶことができます。なので「これ、描きたい」と思う「タネ」を見つけたら、日頃からメモしておくことをお勧めします。僕はいつも「タネ帳」を持ち、描きたいものを思いついたら書き込んでいくんです。「こんな題材をこんな風に描きたい」とか、些細なことでいいんです。そうやって普段から「描きたいもの=タネ」を山のように持っておけば、いざ描く時、一番勝率の高いところで戦えるんです。

本田 『Dr.STONE』が始まる時、「こうしたら人気が取れる」と考えたポイントはありますか?

稲垣 戦術的な話ですが「1話目にインパクトがある」が大事ですね。当時、僕は肌感覚でネットで話題になることの重要性は知っていました。「これは話題になりそう!」と思えないと、読者には響かないということです。そのためには、1話目で衝撃的な出来事が起こるものは採用されやすいと考えました。

 

 本田 確かに『Dr.STONE』は1話目から話題になっていました。それ以降の連載でも、稲垣先生の漫画はとにかくアンケートの票が取れる特徴があります。

稲垣 読者の反応を吸い上げるアンケートは滅茶苦茶重要です。大部数の「週刊少年ジャンプ」だと、毎週何万通も届くアンケートがあり、それをいろんな読者層で細分化しても大量の意見になるので、とても参考になります。このフィードバックがあると「今週こう描くと、読者はこう感じた」と、後から分析がついてきます。特に序盤は打ち切りがかかっているので、読者の意見を吸い上げることは大事ですね。

本田 「読者の好評を得られやすい」ポイントはありますか?

稲垣 少し大局的な話ですが、シンプルに「キャラクターが出ていない漫画は駄目」だと思っています。キャラクターが登場して、きちんとキャラ性が表現されているということですね。もちろんキャラが読者に受ける・受けないは、実際に出してみないと分かりませんが。

 あとはジャンプの特性かも知れませんが「これをやったら確実に落ちる」という分析もいくつかあります。1つ挙げるなら「女の子が深刻な傷を負う描写」です。読んでいて気持ち悪く、致命的に人気が落ちます。ジャンプの作家さんたちは毎週の結果から、このようにそれぞれ自分の作品に有効な分析をしています。

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ある日、全人類が石化…そして数千年後!第1話から衝撃的な幕開け!!

 

ヒットのための「再現性」を探す!

本田 『アイシールド21』『Dr.STONE』というまったく違うジャンルの2作品ですが、稲垣先生の中で共通する、あるいは再現性のあるポイントはありますか?

稲垣 今、本田さんが仰った「再現性」はすごい大事です。『Dr.STONE』に絡めていうと、科学で最も大切なのは再現性と言われていて「こうやったら、必ずこうなる」というルーティーンが大事なんです。

 僕の意見として噛み砕いて言うと、「『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)がこれだけヒットしたから、今の時代に受けるのは『鬼滅の刃』みたいな作品だ」というアドバイスは意味がありません。『鬼滅の刃』は吾峠先生の天才的な面白さがあったからヒットしたのであって、そこを分析しても仕方ない。「『鬼滅の刃』とこの作品、この作品、この作品にはこういう共通点があり、それらはすべてヒットしているから、今の時代はこれだ」…までいくと再現性になります。いくつかの例を分析して検証して科学する。「なろう系がヒットしているから、今の若者は努力せずに報われたい傾向が強い」は再現性ですね。

 このように、成功例から再現性を探していくことが大事です。そして『アイシールド21』『Dr.STONE』に共通する再現性は「キャラクター」です。両作品とも僕は「とにかくキャラクターだけで回していく作品」だと考えています。

「漫画はキャラクターだ」というのは恐らく小池一夫先生が仰ったことだと思いますが、この「キャラクターが立っている漫画はヒットする」の再現性はすさまじく、数々の作品で立証されています。確定事項だと思って頂いて結構です。もちろん「ストーリーが面白ければヒットする」と考える方もいらっしゃると思いますが、その例はまだ立証されていない印象があります。だったらキャラクターに頼った方が勝率が上がる、キャラクターを立てた方が面白い漫画になると考えるんです。

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キャラクターが個性や魅力を発揮し、それにより物語が動き出す!

中野 「キャラクター」は、この漫画学校でも最初の講座にするくらい大切なことですね。

稲垣 「キャラクターを立てる」を一言でいうと「読者にどういう奴かを見せつける」ということです。シナリオを書いて、そこが他のキャラクターでも成立するのであれば、極論、なくてもいいシーンです。キャラ性を見せていないものはすべてカットしてもいいんです。もちろん本当に全部カットすると話が分からなくなりますが(笑)。

本田 確かに『Dr.STONE』は毎週、キャラクターが出ているシーンがたくさんあります。キャラクターを出す際のコツや方法論はありますか?

稲垣 キャラクターが自発的に行動を取る時はいいんですよ。例えば「海賊王になる!」と出航する展開は、目的があって行動するという、キャラクターを見せるいい例です。でも、連載だと毎回そうはできません。そういう時はリアクションでキャラ性を出します。何か事件が起きた時どう反応するか、です。

 例えばここに太郎くんというキャラクターがいます。そこに頭上から岩が降ってきました! 大ピンチ!!…ストーリーを作っている人間は「岩が降ってくるなんて大事件だ」と思いがちですが、実は読者にとっては割とどうでもいいことです。「岩が降ってくる」ことに対して太郎くんが見せるリアクションがキャラ出しで、それが漫画の面白さなんです。

 だったら太郎くんに何をやらせたら面白いのか。「うわー、逃げろー!」だったら当たり前過ぎてキャラクターではない。逆にその場に留まって「やれやれだぜ…」とか、普通ではない反応をしたらキャラクターになります。読者は太郎くんがどんな奴か、一発で分かりますよね。分かりやすく言うと「おかしな反応をさせろ」です。

 


 

今の時代の読者にアンテナを張る!

本田 稲垣先生は2002年から『アイシールド21』を、2017年から『Dr.STONE』を連載されましたが、読者からの作品やキャラクターの受け取られ方で、時代性の変化は感じましたか?

稲垣 『Dr.STONE』を始めた時、どこかに慢心があったのかも知れません。「昔取った杵柄でいけるだろう」みたいな。実際、1話目でアンケート人気も高く、2話目3話目も高いままでした。しかし何話目かで若干、停滞の兆しを感じたんです。「自分の感覚、狂ってきている?」と危機感を覚えました。たかだか8年で何が変わったのか、本田さんとさんざん検証をした結果、僕が至った結論が「SNSの爆発的な普及」です。

現代人にとってSNSは生活時間のすごい割合を占めていて、特に若者層のSNS普及率は100%だと思います。スマホを持っていたら、TwitterなりFacebookなりインスタグラムなり、何かしらのSNSをやっています。これで読者の心が変わっていない方がおかしい。そしてその影響で、作品の捉え方もどんどん変わっていると気づきました。

 それらの検証を受けて作ったのが、コハクの滑車の回(「Z=16 コハク」)です。主人公が初めてヒロイン…かどうか分からないけれど…女の子を救い、「君のことがめっぽう好きになってしまったようだ」と言われ、すごい表情を見せて終わる。この回はSNSを研究して滅茶滅茶調整した回で、そこでまた人気がバーンと上がりました。フィードバックがすぐにくるジャンプがありがたかったです。

 受講者の皆さんも若いとはいえ、今の十代と感覚がずれている可能性があります。常に新しいものごとや作品にアンテナを張り巡らせて、読者とずれないことが大切だと思います。

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コハクとのやり取りは台詞や表情に至るまで、今の読者に好まれるように調整!

 (了)

  


 

この講座は2020年10月3日に開催された「ジャンプの漫画学校」第1期講義「作家編①稲垣理一郎先生」からの抜粋です。他にも賀来ゆうじ先生による「『華のある絵』について」、松井優征先生による「防御力をつければ勝率も上がる」など、様々な講義が行われました。また受講生からの質疑応答も行われました。

 

【「ジャンプの漫画学校」とは】

新人作家・作家志望者を対象とした「大ヒット連載」を目指すための講座です。ただし漫画には教科書や方程式はなく、作家によって性格・センス・考え方が違うからこそ「多様な正解」が存在し、そこに至る道筋も様々です。本講座ではジャンプに蓄積された大量の成功例を元に、多様な正解を提示・分析し、受講者それぞれに合った「正解」を担当編集と一緒に探求していきます。

 

https://school.shonenjump.com/

 

※「ジャンプの漫画学校」第2期も準備中!詳しくは続報にて!!

 

 

 ©米スタジオ・Boichi/集英社

 ©米スタジオ・ビレッジスタジオ/集英社

ジャンプの漫画学校講義録④読切の目的と、読者を満たすテクニック 

週刊少年ジャンプ・ジャンプSQ.・少年ジャンプ+編集部は、2020年度より、漫画家を対象とした創作講座「ジャンプの漫画学校」を開講しています。
第1期の全10回の講義より、一部を抜粋し、本ブログで順に公開していきます。
今回は「企画・構成編①読切の作り方」から一部を紹介いたします。
半世紀以上にわたって多くの人気作品を輩出してきたジャンプの持つ経験やノウハウが、クリエイターの皆様の漫画制作の一助になれば幸いです。

 

【講師】

週刊少年ジャンプ副編集長 齊藤優

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<主な担当作品>

『黒子のバスケ』『ニセコイ』『ぼくたちは勉強ができない』『ヘタッピマンガ研究所R』など。

 

 

連載を見越した読み切りのメリット! 

齊藤 雑誌に掲載される漫画は、いきなり連載になることは少なく、読切で作家さんの力を試して積んで連載に繋げることが、多くの編集部のやり方だと思います。そしてこれは「週刊少年ジャンプ」に限った話ですが、読切で人気を取った作品はすぐ連載に繋がる傾向があります。「読者の人気が高かった」→「もっと読みたいというリクエストに応える」→「だから連載作品とする」という理屈ですね。

 そもそも、なぜ読切を描くのか。まずは作家さんの一番のメリットとして、経験を積めることです。連載前に完成原稿を作る経験と物語にピリオドを打つ(話を終わらせる)回数は、あればあるほどいいです。もう1つは読切を載せることで、読者の反応を見てチューニングをすることができます。描きたいネタや絵や主人公が読者に受け入れられているか、それらを本番前にリハーサルできるんです。

 編集部側のメリットは、連載前に作品とキャラクターの人気を計ることができます。連載作品は多くのネームからコンペで選ぶことが普通です。そんな時「読切でこれだけ人気を獲得した」という実績があれば、連載枠を獲得する説得材料になるんです。

 あと個人的には、作家・担当両方のメリットとして、いきなり「どんな連載をしようか」と考えるよりも、読切から入ると作りやすいという面もあります。

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押さえるべきは2つのポイント! 

齊藤 次に読切を描くにあたって、何を意識するべきか。新人作家さんとの打ち合わせでは「このネーム、起承転結ができていますか?」「構成がきちんとしていますか?」…と、物語構成を気にされる方が多い印象です。…ですが、ここで僕の持論を挙げさせて頂きます。

 

 起承転結や三幕構成、その他もろもろのストーリーテクニックは…いりません!

 

齊藤 なぜなら、これらを「〇ページに転をもってきて…」とガチガチに考えながら読切を描くことは大変です。そもそも、読切漫画の短い尺にこれらの構成を当てはめるのは難易度が高く、そして構成が起承転結にはまったとしても、漫画として面白いかは別問題であることが多いです。特に新人さんの作品は、「構成が整っているか」より粗削りでもパワーがあるものを編集部は評価するところがあります。

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齊藤 では何を考えて読切を描けばいいかというと、必要なものは2つです。

 

①「変化のあるストーリーにする」

②「ストーリーとは読み終えた結果、キャラクターを好きにさせるためのもの」

 

齊藤 この2つがあれば大体、話はまとまります。逆にこれ以上のことを考えると描くのも大変ですし、なかなか完成しないと思います。もちろん、この2つに関係なく面白いものを描ける人もいますが、かなりのセンスが必要です。なので自分が天才でもない限り、これら2つをしっかり押さえましょう。

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変化によって生まれる「読み応え」! 

齊藤 「変化のあるストーリー」とは「最初と最後のページで何かが変わるお話」です。大切な何かを得たり、脅威から救われたり、ということですね。もちろん「何かを失う」も変化の1つですが、ネガティブなものは面白く読ませるのが難しく読者に喜ばれないのであまりお勧めしません。

 まずは自分のネームの最初と最後のページを比べてみるといいですね。そこで何が変わっているのか書き出してみましょう。名作と呼ばれる作品の多くは、漫画であれ映画であれ「変化のあるストーリーか」というポイントは大体押さえられています。

 なぜストーリーに「変化」が必要かというと、ページ数の割に変化が少ない漫画は、読者から「読みごたえがない」「地味」と思われがちだからです。そういう漫画はアンケートで苦戦して、メジャー誌だと特に埋もれてしまいます。

 そして数十ページもある漫画というのは、描く方はもちろん、読んでいる読者も結構大変なんです。特に今はサブスクの映像サービスだったりソシャゲだったり、漫画以外にも色々なコンテンツがあります。お金以上にユーザーの時間を奪い合っているのが今のエンタメ業界です。だから「時間を使って読んだ甲斐があった!」という満足感を持って貰わないといけない。そして変化の大きい作品ほど、読んだ甲斐があると思われる場合が多いです。

 


 

主人公を好きにさせる実例『MONSTERS』! 

齊藤 ここから、尾田栄一郎先生が『ONE PIECE』の前に描かれた読切『MONSTERS』を例に話したいと思います。この作品は尾田先生が十代の頃に描かれたものですが、ネームの完成度はジャンプ史上で屈指の読切だと思っています。

 尾田先生はこの作品について「ドラゴンを見開きでぶった斬りたい」「田舎の侍と都会の騎士の対立を描きたい」という2点を出発点とされたそうです。ここで見習いたいのが「描きたいものがしっかりとある」「それをどうやったらベストな形で表現できるか考えて描かれている」点です。

 それではこの作品から「どんな変化があったら印象深いのか」を分析していきます。この作品はフレアというヒロイン視点で話が進み、最後にフレアの心が大きく変わります。序盤より描かれてきた「ドラゴンに家族が殺されたトラウマ」「信じていた人に裏切られたトラウマ」が、主人公の行動を経て最後に払拭されるんです。「キャラクターの心が変わる」と、印象に残る読切になりやすいです。

 環境の変化もありますね。街が主人公のお陰で街が救われ、悪党を倒したことでこれからは犠牲者も出なくなります。ここで大きなポイントは、最終ページの後も世界は続いていくということ。なのでこの読切で描いた出来事の後、この世界の人々はどうなっていくのかも考えて描くといいですね。

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齊藤 次はストーリー面に注目します。読み終わった読者が主人公を魅力的に感じられるために、尾田先生は「フレアを騙していた男たちを倒す」「不可能と思われていたドラゴン殺しを成し遂げる」を描きました。

 これらの「主人公が自分の力を、読者が望む方向に使う」ことで、主人公を魅力的に見せています。読者はこの作品を読むにつれてフレアの境遇を知り、「この女の子を助けて欲しい」と考えるようになります。そんな読者の望みのために主人公が力を使う。他人のために力を行使することで好感度が高まるんです。

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齊藤 繰り返しになりますが、読切を作る際は「このストーリーは主人公の魅力を『一番』引き出しているか」と、自問自答しましょう。『MONSTERS』は世界で最強の生物がドラゴンであることを見せつけ、「それを倒す主人公は世界で一番強い」と、物語で分かりやすく描いています。主人公の魅力を一番引き出すエピソードを持ってきている点が、この読切の素晴らしい点です。

 


 

読切おすすめテクニック! 

齊藤 次はこれまた僕の持論ですが、「読切はこうするいい」という話をさせて頂きます。

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齊藤 これは読切を最後まで読んでもらう確率を上げるためのものです。新人さんあるあるですが、終盤の敵を倒すページは大ゴマで大迫力なのに、序盤や中盤には大きな絵が一切入らず、読者が途中で飽きて離れてしまうことが多いんです。最後の見開きは、必ずしも読まれる保証はないんですよね。

 映画だったら映画館まで行って最後まで観ない人はほとんどいませんし、小説も買ったら最後まで読む人が大半だと思います。でも新人作家さんの読切漫画は違います。雑誌で他の作品と一緒に発表されることが多いので、飽きられたら途中で読み飛ばされてしまいます。いかに出だしで読者を掴むかを考えて下さい。そこで有効なのが、序盤に大きな絵や「何だこれ?」と興味を引く変わった絵を置くことです。

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齊藤 『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)は素晴らしい作品ですが、その中で良いポイントの1つとして、キャラクターの顔を大きく描くところがあります。読者にキャラクターを好きにさせる基本は、顔をしっかり描くこと。新人さんの読切はどうしても詰め込み過ぎて、顔より情報を入れがちです。情報を絞って、顔をはっきり見せることを意識した方がいいと思います。単純ですけど、扉絵に主人公の顔がドカンと載っている時点で、興味のわき方が違ってきます。

 …ということで読切についてのお話を終わります。もちろん雑誌や編集部によって求められていることは変わりますし、作家さんによって当てはまることも違いますが、ここでお話ししたことは、すべての作家さんが覚えておいて損はないと思っています。

(了)

 


 

この講座は2020年9月5日に開催された「ジャンプの漫画学校」第1期講義「企画・構成編①読切の作り方」からの抜粋です。他にも「登壇者と受講者が挙げる面白い読切/連載1話目」「企画・構成編②連載の作り方」など、様々な事例や考察が紹介されました。また講師陣の座談会、受講生からの質疑応答も行われました。

 

【「ジャンプの漫画学校」とは】

新人作家・作家志望者を対象とした「大ヒット連載」を目指すための講座です。ただし漫画には教科書や方程式はなく、作家によって性格・センス・考え方が違うからこそ「多様な正解」が存在し、そこに至る道筋も様々です。本講座ではジャンプに蓄積された大量の成功例を元に、多様な正解を提示・分析し、受講者それぞれに合った「正解」を担当編集と一緒に探求していきます。

 

https://school.shonenjump.com/

 

※「ジャンプの漫画学校」第2期も準備中!詳しくは続報にて!!

 

©尾田栄一郎/集英社

 

ジャンプの漫画学校講義録③読み手に負担をかけないネームの作り方

週刊少年ジャンプ・ジャンプSQ.・少年ジャンプ+編集部は、2020年度より、漫画家を対象とした創作講座「ジャンプの漫画学校」を開講しています。
第1期の全10回の講義より、一部を抜粋し、本ブログで順に公開していきます。
今回は「基礎編③漫画の「絵・コマ割り」について」から一部を紹介いたします。
半世紀以上にわたって多くの人気作品を輩出してきたジャンプの持つ経験やノウハウが、クリエイターの皆様の漫画制作の一助になれば幸いです。

 

【講師】

週刊少年ジャンプ副編集長 齊藤優

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<主な担当作品>

『黒子のバスケ』『ニセコイ』『ぼくたちは勉強ができない』『ヘタッピマンガ研究所R』など。

 

 

コマ割りはこの5つを覚えるべし! 

齊藤 僕は運のいいことに『アイシールド21』(稲垣理一郎・村田雄介)、『銀魂』(空知英秋)、『黒子のバスケ』(藤巻忠俊)、『HUNTER×HUNTER』(冨樫義博)、『ワールドトリガー』(葦原大介)と、読みやすくてコマ割りが超上手い作家さんを担当することが多く、非常に勉強させて頂きました。編集部の中でも特にコマ割りの話をよくしている編集者ということで、今回の講師をさせて頂くことになりました。とはいえあくまで個人的な考え方なので、絶対!ではないのですが、少しでも参考になれば幸いです。

 

 まず漫画の大前提として、多くの人に読んでもらうには読者に負担をかけないことが重要です。そのために次の5つのポイントを覚えて下さい。

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齊藤 これからこの5つについて説明していきます。まずお手本として『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)を使わせて頂きます。

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齊藤 泣きそうな甘露寺さんが炭治郎に話しかけて泣きつくシーンです。先程お話しした「コマ単位で何の絵か分かるか」は、文字通り「各コマで何が起きているか読者に伝わる」ということです。1コマ目は泣きそうで胸がこぼれそうな甘露寺さん、2コマ目は慌てる炭治郎、3コマ目は泣きついている甘露寺さんとなだめる炭治郎…と、『鬼滅の刃』は非常に分かりやすく描かれていますね。

 「そんなの当たり前じゃん」と思うかもしれませんが、新人さんは無意識に「このコマ、何の絵ですか?」と担当に確認されるようなコマを描いてしまうので、まずはこれを心掛けて下さい。

 次にロング・アップ・ミドルの説明です。ロングショットとはキャラクターたちの全身プラスどの位置、空間、距離感にいるかを示す引き絵のことです。このページでいうと右ページの一番下、左ページの4コマ目と5コマ目です。背景を入れることでどういう状況に置かれているかを読者に伝え、かつキャラクター同士がどれくらいの「距離」かも伝えています。

 ミドルショットはキャラの膝~腰より上が入ったものを指します。アップよりもちょっと引いて、手の演技が描ける距離だと思って下さい。『鬼滅の刃』は手の演技が豊富で、これによりキャラクターの情報量が増えています。例えば右ページ2コマ目の炭治郎は、この「手」があることで味が加わっているんですよね。左ページ1コマ目も泣いている仕草まで収めているので、それで甘露寺さんのキャラクターが絵で伝わります。「仕草」は、キャラ性を伝えるのに有効なので意識してみることをお勧めします。

 最後にアップショット。これは皆さん分かると思いますが、大きい顔の絵です。左ページ中央の甘露寺さんですね。吾峠先生はここに両手の演技も加えているので、より感情が豊かに伝わります。この「大きい顔の絵」というのは漫画において大事で、キャラクターを好きになって貰うには、顔をちゃんと描かないと始まりません。が…それだけではなくロング・ミドルもあるとより状況や感情が伝えやすいです。

 


 

コマのバランスは、カメラを引くことから!

齊藤 そして新人作家さんほど、苦手な絵・面倒な構図を嫌がるところがあります。顔アップや手の演技がないミドルショットばかり描いて、結果的に状況も展開も分かりづらくなります。苦手な絵を避けた結果、読者に伝わらないものになってしまうのは本末転倒なので注意しましょう。

 新人さんの作品が読みにくいと感じるのは、大体この得意な構図だけ描いて話を進めようとしてしまうのが原因です。よく編集者が「(上達には)落書きだけではなく、漫画を1作描き上げるといいですよ」と言うのは、落書きだと得意な構図に偏って、苦手な構図を描かなくなりがちだから。逆に1作の漫画で伝わるものを描こうとすると、苦手な構図も避けては通れない。そこにチャレンジすることでレベルアップするんです。

 次に、コマのバランスに関して、僕が感銘を受けた作家さんの言葉を紹介します。

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齊藤 僕はよく(『あやかしトライアングル』などの)矢吹先生の漫画を「摩擦係数ゼロ」と表現しています。滅茶苦茶絵が上手く漫画そのものが読みやすいので、ノンストレスなんですよね。で、どういう意識をされているのか伺うと、このようなお言葉を頂きました。矢吹先生は漫画を、1コマ1コマ単位では意識していないそうです。

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齊藤 もう1つは冨樫先生の言葉です。プロでもロングは面倒だと感じるそうですが、そこで逃げずに描くからプロなんです。そういう小さなところから差がついていくんです。

 以上をまとめると「まずはカメラを引いてみよう」。もちろん要所要所で大きい顔は入れて下さい。まずは自分の漫画を読み直してカメラの引き具合が適切か、キャラクターの位置関係や距離感が伝わるか、という目線でチェックするといいと思います。

 


 

読者が追うのは、絵ではなく「フキダシ」!

齊藤 では先程の五か条の最初のひとつ、「意外とみんな意識していないけれど覚えておいて欲しい」フキダシについてお話しします。

 読者が漫画を読んで最初に読むのは絵ではなくフキダシです。フキダシの位置や大きさにどれだけ意識を向けるか、大事な絵をフキダシの間に置くかはとても重要です。自分に置き換えて考えてみて欲しいのですが、雑誌をめくる時、フキダシだけばーっと読んで、絵はきちんと見ていないことって多くないですか?

 それではまた『鬼滅の刃』を例に見ていきましょう。

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齊藤 吾峠先生は基本に丁寧にフキダシを置かれています。どう工夫されているかというと、フキダシの位置が綺麗なS字を紡いでいるんですよね。逆に余計なことは一切していない。また1コマ目を見て頂ければ分かりますが、見せたい顔をフキダシの間に置いています。フキダシをなぞる読者が絶対に見る位置に大事な絵を入れているんです。

 あと、皆さんは結構抜けがちなのですが、フキダシのツノをしっかり描きましょう。漫画には音声がついていないので、ツノがないと読者は誰のセリフか分からないことがあります。さらにフキダシは顔にかからないようにすると読みやすい漫画になります。

 これらのことから、読みやすさというものはある程度、知識と意識だけで改善できる点もあると分かって頂けると思います。

(了)

 


 

この講座は2020年8月22日に開催された「ジャンプの漫画学校」第1期講義「基礎編③漫画の「絵・コマ割り」について」からの抜粋です。他にも「筒井大志先生の創意工夫」「小畑健先生から伺ったコマ割りの話」「フキダシの『めだかボックス』のケース」「漫画家アンケートからわかるスマホで映える絵作りとは」など、様々な事例や考察が紹介されました。また講師陣の座談会、受講生からの質疑応答も行われました。

 

【「ジャンプの漫画学校」とは】

新人作家・作家志望者を対象とした「大ヒット連載」を目指すための講座です。ただし漫画には教科書や方程式はなく、作家によって性格・センス・考え方が違うからこそ「多様な正解」が存在し、そこに至る道筋も様々です。本講座ではジャンプに蓄積された大量の成功例を元に、多様な正解を提示・分析し、受講者それぞれに合った「正解」を担当編集と一緒に探求していきます。

 

https://school.shonenjump.com/

 

※「ジャンプの漫画学校」第2期も準備中!詳しくは続報にて!!

 

©吾峠呼世晴/集英社

 

ジャンプの漫画学校講義録②良い「企画」のために考えるべきT・P・O

週刊少年ジャンプ・ジャンプSQ.・少年ジャンプ+編集部は、2020年度より、漫画家を対象とした創作講座「ジャンプの漫画学校」を開講しています。
第1期の全10回の講義より、一部を抜粋し、本ブログで順に公開していきます。
今回は「基礎編②漫画の「企画」について」から一部を紹介いたします。
半世紀以上にわたって多くの人気作品を輩出してきたジャンプの持つ経験やノウハウが、クリエイターの皆様の漫画制作の一助になれば幸いです。

 

 

【講師】

週刊少年ジャンプ編集長(メディア担当) 大西恒平

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<主な初代担当作品>
『いぬまるだしっ』『銀魂』など。

 

 

「企画」とは、飲食店を出店するようなもの

大西 まず「企画とは何か」という定義ですが、僕は「個々の『作品』を、読者に見て貰う『商品』にするためのもの」だと考えています。

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大西 企画とは、例えると飲食店を出店するようなものです。そこで考えなければいけないのは、どんな料理を出すか、どんなお客さんに来てもらうか、場所は商店街なのか住宅街なのか山の中なのか、隣の店は何を出しているのか、そもそも自分は何の料理が得意なのか…。カレーが得意ならカレー屋がいいのかも知れませんが、隣にもカレー屋があったら?…とか。飲食店の出店にはそういった判断が必要になりますが、漫画にも同じことが言えるかと思います。

 そこで考えるべきなのが企画の「T・P・O」です。「TIME」とは、それが時代に合っているか、流行っているかという時代性のこと。「PLACE」は掲載場所ですね。どういった雑誌なのか、どういったアプリなのか。最後の「OWN」は、作家さんご自身が持っている力という意味になります。作家さんがその企画と相性がいいのか、上手く描くことができるのか。

 僕は、この3つを意識すれば良い企画が生まれると考えます。ではここからより具体的に解説していきましょう。

f:id:jump_manga_school:20201126133736j:plain大西 「TIME」で気にしなければならないのは、今流行しているものは何か?今受け入れられる主人公像は?世間で話題になっているものは何なのか、等になります。そして自分が描こうとしているキャラクターや設定に古さはないか、これは非常に大切なことだと思います。

 僕の担当作品ではありませんが、『ワールドトリガー』(葦原大介)の連載ネームを見た時、設定、世界観の描き方に「まさに『今』が表現されているな」と思いました。作品の舞台は異星人に侵攻される日本で、人々は普通に日常を送ってはいるんですが、あるところから立ち入り禁止になっており、その一線を越えると得体の知れない何かがいる…という描き方なんですね。

 通常「異星人が攻めてきている世界」を考えると、荒廃した世紀末のような世界観になりがちだと思うんですが、そこで『ワールドトリガー』は全く別の独特の世界の描き方をしていた。それはなぜなんだろうと考えると、僕は2011年の東日本大震災が思い浮かびました。これは震災後の福島のようだな、と。実際に、葦原先生がそれを意識して描かれたのかは分かりませんが、僕にはそう感じられました。このように、作家さんの感性が、現実の状況・雰囲気に寄り添えているかどうか、これは凄く大事なことなんじゃないかと思いました。

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大西 次の「PLACE」ですが、これは同じ掲載誌に似た作品はないか。あるいは逆に、他誌では人気なのに自分が狙っている雑誌には載っていないジャンルはないか。その場に「空き」がないか考えることは、大切なことだと思います。

 『銀魂』の例で言うと、連載前、『らんま1/2』のような高橋留美子先生テイストの作品がジャンプにあったらヒットの可能性が高まるのでは、このジャンルは手薄なのでは…と、僕も空知先生も考えていました。このように「他誌ではヒットしているのに、ここにはない」ものは明らかに狙い目と言えるのではないかと思います。 

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大西 三つ目の「OWN」は、企画と作家の相性のことです。「TIME」「PLACE」がしっかりできていても、その企画を作家自身がきちんと表現できるか、それはやっぱり描いてみないと分かりません。例えば「サッカー漫画が流行っている」としても、やはりサッカーを描けない作家さんもいます。企画が自分に合っているのかを考える必要があります。

 また、その企画が「自分の短所を補える」ものなのかどうかも大事なポイントです。例えば『鬼滅の刃』の吾峠呼世晴先生が新人の時に、僕がよく話していたのはバトルシーンの描き方です。吾峠先生はどちらかというと、構図やアクション描写で勝負するタイプの作家ではないと、僕は思っていました。なので「セリフ無しのバトルシーンはやめて、それより吾峠先生の魅力であるセリフ回し、モノローグを重ねてバトルを展開しましょう」とアドバイスをしていました。自分の武器を企画で上手く活かす、これも戦略ですね。

 と、ここまでTPOを説明してきましたが、僕はこの3つが重なる部分が「良い企画」になると思います。ただ、作家さんがご自身を客観視してこれを見つけることは、やはり難しいかも知れません。ですので、常にこの「良い企画」に目を光らせている、我々編集者の力をそこでは生かして貰えればと思います。

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 『銀魂』がジャンプで目立つために行った創意工夫

 大西 次に、企画を作る具体例として『銀魂』で説明させて頂きます。当時の、「週刊少年ジャンプ」には『ONE PIECE』(尾田栄一郎)、『NARUTO-ナルト-』(岸本斉史)、『BLEACH』(久保帯人)といった超強力な作品が並び、そこで生き残るには何をすればいいのかを考えていました。そこで出てきた大きなコンセプトが、「ジャンプらしくないことをやる」ということでした。空知先生は無名の新人作家だったので、とにかく他と違うことをやって、目立という戦略でした。

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大西 『銀魂』もTPOで考えていきました。まずキャラクター。銀時と神楽は、旧来のヒーロー・ヒロインの逆張りで作りました。神楽は「大食い」「ゲロを吐く」など下品な特徴がありますが、これまでの上品でおしとやかなヒロインの逆になっています。そこで意識しているのは「PLACE」、掲載場所です。「ジャンプではそもそもどういったヒロインが多くて、そこで目立つにはどうすればいいのか」と考えました。

 銀時は「等身大のキャラ」を意識しました。そこでは作家の「人間観察力」がキャラ作りに生かせるよう「OWN」を意識しています。銀時みたいな等身大の主人公は、当時のジャンプには、あまりいませんでした。たとえば「広大な世界観で大冒険をする」ようなタイプの主人公では、当時のジャンプでは勝負できないと思っていました。

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大西 次にストーリーになります。ファンタジー能力バトルは当時のジャンプで既に面白いものが沢山あったので、同じようなことをしても仕方ない。逆に言うと必殺技をネタにして遊ぶくらいのスタンスの作品があったら面白いのでは…と、ここでも「PLACE」を強く意識しています。あと、「人情話」を多く描こうというのも、心掛けていました。作家の良さが活きつつ、派手めな話が多いジャンプで逆に目立つのではと考えました。

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大西 設定の「新選組」「幕末」という題材では、「TIME」つまり当時の流行を意識しました。大河ドラマで新撰組に注目が集まっていましたし、そもそも空知先生も歴史ものが好きでした。新選組は、「集団が同じ制服を着て同じ目標に向かう」という、元々子供が好きな要素を持っているな、と分析していました。当時のジャンプには新選組も歴史ものもなかったので、それをやれれば勝負できるのでは、と考えていました。

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 大西 作中の「真選組」のキャラクター描写は、本来の歴史上の人物像を意識しています。実在の土方歳三や沖田総司のイメージにそのまま乗っかったり、逆に裏返してみたり…。実在の沖田総司に爽やかというイメージがあるので、逆に漫画の中では腹黒くしてみようとか、そのようにキャラ作りをしました。空知先生は、既存のイメージを上手く利用して新しいものを描くことが得意だったので、歴史人物のようにそもそもの「土台」があると、きっとキャラ描写が面白くなると考えていました。

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大西 ここまで見てきたように、僕は企画を「時代性」、「場所」、「作家との相性」といった「TPO」を意識して作ります。皆さんが企画を考える際にも、この3つを意識して頂ければ、企画の面白さのある一定の基準になるのではと思いました。

(了)

 


この講座は2020年8月22日に開催された「ジャンプの漫画学校」第1期講義「基礎編②漫画の「企画」について」からの抜粋です。他にも「前提としての企画とは」「今日から使える企画の立て方・考え方」など、様々な事例や考察が紹介されました。また講師陣の座談会、受講生からの質疑応答も行われました。

 

【「ジャンプの漫画学校」とは】

新人作家・作家志望者を対象とした「大ヒット連載」を目指すための講座です。ただし漫画には教科書や方程式はなく、作家によって性格・センス・考え方が違うからこそ「多様な正解」が存在し、そこに至る道筋も様々です。本講座ではジャンプに蓄積された大量の成功例を元に、多様な正解を提示・分析し、受講者それぞれに合った「正解」を担当編集と一緒に探求していきます。

 

https://school.shonenjump.com/

 

※「ジャンプの漫画学校」第2期も準備中!詳しくは続報にて!!

 

©空知英秋/集英社