ジャンプの漫画学校講義録②良い「企画」のために考えるべきT・P・O

週刊少年ジャンプ・ジャンプSQ.・少年ジャンプ+編集部は、2020年度より、漫画家を対象とした創作講座「ジャンプの漫画学校」を開講しています。
第1期の全10回の講義より、一部を抜粋し、本ブログで順に公開していきます。
今回は「基礎編②漫画の「企画」について」から一部を紹介いたします。
半世紀以上にわたって多くの人気作品を輩出してきたジャンプの持つ経験やノウハウが、クリエイターの皆様の漫画制作の一助になれば幸いです。

 

 

【講師】

週刊少年ジャンプ編集長(メディア担当) 大西恒平

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<主な初代担当作品>
『いぬまるだしっ』『銀魂』など。

 

 

「企画」とは、飲食店を出店するようなもの

大西 まず「企画とは何か」という定義ですが、僕は「個々の『作品』を、読者に見て貰う『商品』にするためのもの」だと考えています。

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大西 企画とは、例えると飲食店を出店するようなものです。そこで考えなければいけないのは、どんな料理を出すか、どんなお客さんに来てもらうか、場所は商店街なのか住宅街なのか山の中なのか、隣の店は何を出しているのか、そもそも自分は何の料理が得意なのか…。カレーが得意ならカレー屋がいいのかも知れませんが、隣にもカレー屋があったら?…とか。飲食店の出店にはそういった判断が必要になりますが、漫画にも同じことが言えるかと思います。

 そこで考えるべきなのが企画の「T・P・O」です。「TIME」とは、それが時代に合っているか、流行っているかという時代性のこと。「PLACE」は掲載場所ですね。どういった雑誌なのか、どういったアプリなのか。最後の「OWN」は、作家さんご自身が持っている力という意味になります。作家さんがその企画と相性がいいのか、上手く描くことができるのか。

 僕は、この3つを意識すれば良い企画が生まれると考えます。ではここからより具体的に解説していきましょう。

f:id:jump_manga_school:20201126133736j:plain大西 「TIME」で気にしなければならないのは、今流行しているものは何か?今受け入れられる主人公像は?世間で話題になっているものは何なのか、等になります。そして自分が描こうとしているキャラクターや設定に古さはないか、これは非常に大切なことだと思います。

 僕の担当作品ではありませんが、『ワールドトリガー』(葦原大介)の連載ネームを見た時、設定、世界観の描き方に「まさに『今』が表現されているな」と思いました。作品の舞台は異星人に侵攻される日本で、人々は普通に日常を送ってはいるんですが、あるところから立ち入り禁止になっており、その一線を越えると得体の知れない何かがいる…という描き方なんですね。

 通常「異星人が攻めてきている世界」を考えると、荒廃した世紀末のような世界観になりがちだと思うんですが、そこで『ワールドトリガー』は全く別の独特の世界の描き方をしていた。それはなぜなんだろうと考えると、僕は2011年の東日本大震災が思い浮かびました。これは震災後の福島のようだな、と。実際に、葦原先生がそれを意識して描かれたのかは分かりませんが、僕にはそう感じられました。このように、作家さんの感性が、現実の状況・雰囲気に寄り添えているかどうか、これは凄く大事なことなんじゃないかと思いました。

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大西 次の「PLACE」ですが、これは同じ掲載誌に似た作品はないか。あるいは逆に、他誌では人気なのに自分が狙っている雑誌には載っていないジャンルはないか。その場に「空き」がないか考えることは、大切なことだと思います。

 『銀魂』の例で言うと、連載前、『らんま1/2』のような高橋留美子先生テイストの作品がジャンプにあったらヒットの可能性が高まるのでは、このジャンルは手薄なのでは…と、僕も空知先生も考えていました。このように「他誌ではヒットしているのに、ここにはない」ものは明らかに狙い目と言えるのではないかと思います。 

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大西 三つ目の「OWN」は、企画と作家の相性のことです。「TIME」「PLACE」がしっかりできていても、その企画を作家自身がきちんと表現できるか、それはやっぱり描いてみないと分かりません。例えば「サッカー漫画が流行っている」としても、やはりサッカーを描けない作家さんもいます。企画が自分に合っているのかを考える必要があります。

 また、その企画が「自分の短所を補える」ものなのかどうかも大事なポイントです。例えば『鬼滅の刃』の吾峠呼世晴先生が新人の時に、僕がよく話していたのはバトルシーンの描き方です。吾峠先生はどちらかというと、構図やアクション描写で勝負するタイプの作家ではないと、僕は思っていました。なので「セリフ無しのバトルシーンはやめて、それより吾峠先生の魅力であるセリフ回し、モノローグを重ねてバトルを展開しましょう」とアドバイスをしていました。自分の武器を企画で上手く活かす、これも戦略ですね。

 と、ここまでTPOを説明してきましたが、僕はこの3つが重なる部分が「良い企画」になると思います。ただ、作家さんがご自身を客観視してこれを見つけることは、やはり難しいかも知れません。ですので、常にこの「良い企画」に目を光らせている、我々編集者の力をそこでは生かして貰えればと思います。

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 『銀魂』がジャンプで目立つために行った創意工夫

 大西 次に、企画を作る具体例として『銀魂』で説明させて頂きます。当時の、「週刊少年ジャンプ」には『ONE PIECE』(尾田栄一郎)、『NARUTO-ナルト-』(岸本斉史)、『BLEACH』(久保帯人)といった超強力な作品が並び、そこで生き残るには何をすればいいのかを考えていました。そこで出てきた大きなコンセプトが、「ジャンプらしくないことをやる」ということでした。空知先生は無名の新人作家だったので、とにかく他と違うことをやって、目立という戦略でした。

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大西 『銀魂』もTPOで考えていきました。まずキャラクター。銀時と神楽は、旧来のヒーロー・ヒロインの逆張りで作りました。神楽は「大食い」「ゲロを吐く」など下品な特徴がありますが、これまでの上品でおしとやかなヒロインの逆になっています。そこで意識しているのは「PLACE」、掲載場所です。「ジャンプではそもそもどういったヒロインが多くて、そこで目立つにはどうすればいいのか」と考えました。

 銀時は「等身大のキャラ」を意識しました。そこでは作家の「人間観察力」がキャラ作りに生かせるよう「OWN」を意識しています。銀時みたいな等身大の主人公は、当時のジャンプには、あまりいませんでした。たとえば「広大な世界観で大冒険をする」ようなタイプの主人公では、当時のジャンプでは勝負できないと思っていました。

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大西 次にストーリーになります。ファンタジー能力バトルは当時のジャンプで既に面白いものが沢山あったので、同じようなことをしても仕方ない。逆に言うと必殺技をネタにして遊ぶくらいのスタンスの作品があったら面白いのでは…と、ここでも「PLACE」を強く意識しています。あと、「人情話」を多く描こうというのも、心掛けていました。作家の良さが活きつつ、派手めな話が多いジャンプで逆に目立つのではと考えました。

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大西 設定の「新選組」「幕末」という題材では、「TIME」つまり当時の流行を意識しました。大河ドラマで新撰組に注目が集まっていましたし、そもそも空知先生も歴史ものが好きでした。新選組は、「集団が同じ制服を着て同じ目標に向かう」という、元々子供が好きな要素を持っているな、と分析していました。当時のジャンプには新選組も歴史ものもなかったので、それをやれれば勝負できるのでは、と考えていました。

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 大西 作中の「真選組」のキャラクター描写は、本来の歴史上の人物像を意識しています。実在の土方歳三や沖田総司のイメージにそのまま乗っかったり、逆に裏返してみたり…。実在の沖田総司に爽やかというイメージがあるので、逆に漫画の中では腹黒くしてみようとか、そのようにキャラ作りをしました。空知先生は、既存のイメージを上手く利用して新しいものを描くことが得意だったので、歴史人物のようにそもそもの「土台」があると、きっとキャラ描写が面白くなると考えていました。

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大西 ここまで見てきたように、僕は企画を「時代性」、「場所」、「作家との相性」といった「TPO」を意識して作ります。皆さんが企画を考える際にも、この3つを意識して頂ければ、企画の面白さのある一定の基準になるのではと思いました。

(了)

 


この講座は2020年8月22日に開催された「ジャンプの漫画学校」第1期講義「基礎編②漫画の「企画」について」からの抜粋です。他にも「前提としての企画とは」「今日から使える企画の立て方・考え方」など、様々な事例や考察が紹介されました。また講師陣の座談会、受講生からの質疑応答も行われました。

 

【「ジャンプの漫画学校」とは】

新人作家・作家志望者を対象とした「大ヒット連載」を目指すための講座です。ただし漫画には教科書や方程式はなく、作家によって性格・センス・考え方が違うからこそ「多様な正解」が存在し、そこに至る道筋も様々です。本講座ではジャンプに蓄積された大量の成功例を元に、多様な正解を提示・分析し、受講者それぞれに合った「正解」を担当編集と一緒に探求していきます。

 

https://school.shonenjump.com/

 

※「ジャンプの漫画学校」第2期も準備中!詳しくは続報にて!!

 

©空知英秋/集英社