ジャンプの漫画学校講義録⑤ 作家編 稲垣理一郎先生「連載企画の立て方・考え方」

週刊少年ジャンプ・ジャンプSQ.・少年ジャンプ+編集部は、2020年度より、漫画家を対象とした創作講座「ジャンプの漫画学校」を開講しています。
第1期の全10回の講義より、一部を抜粋し、本ブログで順に公開していきます。
今回は「作家編①」から稲垣理一郎先生の講義の一部を紹介いたします。
稲垣先生が語って下さったノウハウや考え方が、クリエイターの皆様の漫画制作の一助になれば幸いです。

 

【講師】

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・聞き手/週刊少年ジャンプ 本田佑行(担当編集)

 


 

通る企画を支える、大量の描きたい「タネ」!

本田 『アイシールド21』『Dr.STONE』はまったく違うジャンルで、企画の立て方や発想もそれぞれ異なる印象ですが、稲垣先生はどのように考えられたのでしょうか?

稲垣 僕がこれから話すことは自分自身には当てはまる、ケースバイケースのものです。まず『アイシールド21』を「第7回ストーリーキング・ネーム部門」に投稿した当時、アメフトは珍しい題材でした。なぜ野球やバスケではなくアメフトを描いたのか…「アメフトだったら採用される可能性が高いかも?」という読みがあったからです。

 そこで皆さんにお伝えしたいのは、描きたい漫画はいっぱいあった方がいいということです。例えば「ファンタジー世界で異能バトル」「異世界転生して冒険」といった、今となっては定着しているジャンルを描きたいとします。編集も「ありふれたジャンルでも、面白ければ通る」と言うと思いますが…。

本田 はい、面白ければ通りますよ!

稲垣 そりゃそうですよ(笑)。しかしそこで求められるのは「大体面白い」レベルを超えた「すごい面白い!」です。自分がその域に達しているか…ほとんどは「まあ、いけるだろう」くらいの確信までしか持てません。そして編集は同じ「まあ、いけるだろう」だったら、世に多数ある異能バトル漫画よりも、珍しいアメフト漫画やアイスホッケー漫画を選びます。だったら、こちらも通りやすい題材を狙った方が有利ですよね。

 もちろん、異能バトルを描きたい人に「それだと通らないからアイスホッケーものを」と言っても、興味がないと描けません。しかし普段から描きたいものを山ほど抱えていれば、その時に一番通りそうなものを選ぶことができます。なので「これ、描きたい」と思う「タネ」を見つけたら、日頃からメモしておくことをお勧めします。僕はいつも「タネ帳」を持ち、描きたいものを思いついたら書き込んでいくんです。「こんな題材をこんな風に描きたい」とか、些細なことでいいんです。そうやって普段から「描きたいもの=タネ」を山のように持っておけば、いざ描く時、一番勝率の高いところで戦えるんです。

本田 『Dr.STONE』が始まる時、「こうしたら人気が取れる」と考えたポイントはありますか?

稲垣 戦術的な話ですが「1話目にインパクトがある」が大事ですね。当時、僕は肌感覚でネットで話題になることの重要性は知っていました。「これは話題になりそう!」と思えないと、読者には響かないということです。そのためには、1話目で衝撃的な出来事が起こるものは採用されやすいと考えました。

 

 本田 確かに『Dr.STONE』は1話目から話題になっていました。それ以降の連載でも、稲垣先生の漫画はとにかくアンケートの票が取れる特徴があります。

稲垣 読者の反応を吸い上げるアンケートは滅茶苦茶重要です。大部数の「週刊少年ジャンプ」だと、毎週何万通も届くアンケートがあり、それをいろんな読者層で細分化しても大量の意見になるので、とても参考になります。このフィードバックがあると「今週こう描くと、読者はこう感じた」と、後から分析がついてきます。特に序盤は打ち切りがかかっているので、読者の意見を吸い上げることは大事ですね。

本田 「読者の好評を得られやすい」ポイントはありますか?

稲垣 少し大局的な話ですが、シンプルに「キャラクターが出ていない漫画は駄目」だと思っています。キャラクターが登場して、きちんとキャラ性が表現されているということですね。もちろんキャラが読者に受ける・受けないは、実際に出してみないと分かりませんが。

 あとはジャンプの特性かも知れませんが「これをやったら確実に落ちる」という分析もいくつかあります。1つ挙げるなら「女の子が深刻な傷を負う描写」です。読んでいて気持ち悪く、致命的に人気が落ちます。ジャンプの作家さんたちは毎週の結果から、このようにそれぞれ自分の作品に有効な分析をしています。

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ある日、全人類が石化…そして数千年後!第1話から衝撃的な幕開け!!

 

ヒットのための「再現性」を探す!

本田 『アイシールド21』『Dr.STONE』というまったく違うジャンルの2作品ですが、稲垣先生の中で共通する、あるいは再現性のあるポイントはありますか?

稲垣 今、本田さんが仰った「再現性」はすごい大事です。『Dr.STONE』に絡めていうと、科学で最も大切なのは再現性と言われていて「こうやったら、必ずこうなる」というルーティーンが大事なんです。

 僕の意見として噛み砕いて言うと、「『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)がこれだけヒットしたから、今の時代に受けるのは『鬼滅の刃』みたいな作品だ」というアドバイスは意味がありません。『鬼滅の刃』は吾峠先生の天才的な面白さがあったからヒットしたのであって、そこを分析しても仕方ない。「『鬼滅の刃』とこの作品、この作品、この作品にはこういう共通点があり、それらはすべてヒットしているから、今の時代はこれだ」…までいくと再現性になります。いくつかの例を分析して検証して科学する。「なろう系がヒットしているから、今の若者は努力せずに報われたい傾向が強い」は再現性ですね。

 このように、成功例から再現性を探していくことが大事です。そして『アイシールド21』『Dr.STONE』に共通する再現性は「キャラクター」です。両作品とも僕は「とにかくキャラクターだけで回していく作品」だと考えています。

「漫画はキャラクターだ」というのは恐らく小池一夫先生が仰ったことだと思いますが、この「キャラクターが立っている漫画はヒットする」の再現性はすさまじく、数々の作品で立証されています。確定事項だと思って頂いて結構です。もちろん「ストーリーが面白ければヒットする」と考える方もいらっしゃると思いますが、その例はまだ立証されていない印象があります。だったらキャラクターに頼った方が勝率が上がる、キャラクターを立てた方が面白い漫画になると考えるんです。

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キャラクターが個性や魅力を発揮し、それにより物語が動き出す!

中野 「キャラクター」は、この漫画学校でも最初の講座にするくらい大切なことですね。

稲垣 「キャラクターを立てる」を一言でいうと「読者にどういう奴かを見せつける」ということです。シナリオを書いて、そこが他のキャラクターでも成立するのであれば、極論、なくてもいいシーンです。キャラ性を見せていないものはすべてカットしてもいいんです。もちろん本当に全部カットすると話が分からなくなりますが(笑)。

本田 確かに『Dr.STONE』は毎週、キャラクターが出ているシーンがたくさんあります。キャラクターを出す際のコツや方法論はありますか?

稲垣 キャラクターが自発的に行動を取る時はいいんですよ。例えば「海賊王になる!」と出航する展開は、目的があって行動するという、キャラクターを見せるいい例です。でも、連載だと毎回そうはできません。そういう時はリアクションでキャラ性を出します。何か事件が起きた時どう反応するか、です。

 例えばここに太郎くんというキャラクターがいます。そこに頭上から岩が降ってきました! 大ピンチ!!…ストーリーを作っている人間は「岩が降ってくるなんて大事件だ」と思いがちですが、実は読者にとっては割とどうでもいいことです。「岩が降ってくる」ことに対して太郎くんが見せるリアクションがキャラ出しで、それが漫画の面白さなんです。

 だったら太郎くんに何をやらせたら面白いのか。「うわー、逃げろー!」だったら当たり前過ぎてキャラクターではない。逆にその場に留まって「やれやれだぜ…」とか、普通ではない反応をしたらキャラクターになります。読者は太郎くんがどんな奴か、一発で分かりますよね。分かりやすく言うと「おかしな反応をさせろ」です。

 


 

今の時代の読者にアンテナを張る!

本田 稲垣先生は2002年から『アイシールド21』を、2017年から『Dr.STONE』を連載されましたが、読者からの作品やキャラクターの受け取られ方で、時代性の変化は感じましたか?

稲垣 『Dr.STONE』を始めた時、どこかに慢心があったのかも知れません。「昔取った杵柄でいけるだろう」みたいな。実際、1話目でアンケート人気も高く、2話目3話目も高いままでした。しかし何話目かで若干、停滞の兆しを感じたんです。「自分の感覚、狂ってきている?」と危機感を覚えました。たかだか8年で何が変わったのか、本田さんとさんざん検証をした結果、僕が至った結論が「SNSの爆発的な普及」です。

現代人にとってSNSは生活時間のすごい割合を占めていて、特に若者層のSNS普及率は100%だと思います。スマホを持っていたら、TwitterなりFacebookなりインスタグラムなり、何かしらのSNSをやっています。これで読者の心が変わっていない方がおかしい。そしてその影響で、作品の捉え方もどんどん変わっていると気づきました。

 それらの検証を受けて作ったのが、コハクの滑車の回(「Z=16 コハク」)です。主人公が初めてヒロイン…かどうか分からないけれど…女の子を救い、「君のことがめっぽう好きになってしまったようだ」と言われ、すごい表情を見せて終わる。この回はSNSを研究して滅茶滅茶調整した回で、そこでまた人気がバーンと上がりました。フィードバックがすぐにくるジャンプがありがたかったです。

 受講者の皆さんも若いとはいえ、今の十代と感覚がずれている可能性があります。常に新しいものごとや作品にアンテナを張り巡らせて、読者とずれないことが大切だと思います。

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コハクとのやり取りは台詞や表情に至るまで、今の読者に好まれるように調整!

 (了)

  


 

この講座は2020年10月3日に開催された「ジャンプの漫画学校」第1期講義「作家編①稲垣理一郎先生」からの抜粋です。他にも賀来ゆうじ先生による「『華のある絵』について」、松井優征先生による「防御力をつければ勝率も上がる」など、様々な講義が行われました。また受講生からの質疑応答も行われました。

 

【「ジャンプの漫画学校」とは】

新人作家・作家志望者を対象とした「大ヒット連載」を目指すための講座です。ただし漫画には教科書や方程式はなく、作家によって性格・センス・考え方が違うからこそ「多様な正解」が存在し、そこに至る道筋も様々です。本講座ではジャンプに蓄積された大量の成功例を元に、多様な正解を提示・分析し、受講者それぞれに合った「正解」を担当編集と一緒に探求していきます。

 

https://school.shonenjump.com/

 

※「ジャンプの漫画学校」第2期も準備中!詳しくは続報にて!!

 

 

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