ジャンプの漫画学校講義録⑧ バトル・ファンタジー漫画編 担当編集者座談会・質疑応答

週刊少年ジャンプ・ジャンプSQ.・少年ジャンプ+編集部は、2020年度より、漫画家を対象とした創作講座「ジャンプの漫画学校」を開講しています。
第1期の全10回の講義より、一部を抜粋し、本ブログで順に公開していきます。
今回は講義を担当した編集者の「バトル・ファンタジー漫画」に関する座談会、受講生の質疑応答の様子を紹介します。
半世紀以上にわたって多くの人気作品を輩出してきたジャンプの持つ経験やノウハウが、クリエイターの皆様の漫画制作の一助になれば幸いです。

 


 

【講師】

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■編集者座談会

議題1「バトル・ファンタジー漫画でネームに詰まった時の解決法」

 人と話すと解決する場合が多いので、編集者にネームを送るのが一番早いと思います。1週間くらい悩むのであれば、一旦置くのもいいです。僕は「これを描けるようになるまで、取っておきましょう」という言い方をよくします。離れて気づくことがあったり、そのネームを描くために必要な知識が足りていない可能性もあるので。

 

片山 何に詰まっているかにもよりますが、僕の場合、アイデアが足りないと思ったら別の漫画、映画、小説から意識的にアイデアを探します。「このキャラ、何かあと1つあれば良くなるのに……」という時、他の作品が参考になって助けてくれる時があります。

 

小池 ネームに詰まるのには色々な段階があり、結局のところ、面白く感じていないからだと思います。そこには3つのレイヤーがあって、1つ目はアイデアがつまらない。2つ目は構成が上手くいっていない。3つ目は演出が滑っている……のどれかだと思います。

例えば「このキャラとこのキャラが戦う」という展開にわくわくしなかったら、それは根本のアイデアがいまいち。打ち合わせし直す必要があります。2つ目の構成の問題は、具体的には話の溜めや、持って行き方が悪いということです。根本のアイディアは面白いなら、ネームを試行錯誤して最適の構成を探しましょう。3つ目の演出は、例えば「戦いが始まる」という場面から普通にバトルシーンに入るのか、別の見せ方をするか、構成の上のレイヤーの細かい演出アイデアを検討するといいと思います。

 


 

議題2「ファンタジーの雰囲気が好きですが、担当編集に削るように言われます」 

小池 客観的には削った方がいいのだと思います。ただ、作家さんにとって「これを描きたい!」というものもありますよね。なので現時点では面白さが伝わっていないというか、担当との綱引きに負けているということは認めた上で、どう面白いと言わせるか。そこを検討すべきかと。

 

片山 『ブラッククローバー』(田畠裕基)では、魔法で洗濯物を乾かしたり畑を耕したりするシーンがあります。ファンタジーは舞台が現実と異なるので、その世界での衣食住は読者の共感を得るのに重要なポイントだと思います。なのでそこに関わるファンタジー描写は、「世界観描写に必要」と胸を張って言えますよね。

 

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『ブラッククローバー』(田畠裕基)より

 

小池 今の話で『トリコ』(島袋光年)の1話を思い出したのですが、あの作品は最初に釣りから始まります。『HUNTER×HUNTER』(冨樫義博)も釣りから始まっています。

 

片山 あと『DRAGON BALL』(鳥山明)もです(笑)。

 

小池 漫画における釣りのシーンは、一場面でキャラの生活感と作品の世界観が見える優秀な一手と言われてきました。さすがに今は使い尽くされてきましたが、ワンアクションで色々なものを表現できる方法があるといいですね。

 


 

議題3「バトル漫画の敵キャラの作り方」 

片山 『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)には鬼舞辻無惨、『呪術廻戦』(芥見下々)には真人という敵キャラがいますが、自分が思うのは「主人公たちと価値観が真逆」だと敵キャラが立つということです。とても単純に言ってしまうと「仲間が大切」と言っている主人公に対して、「仲間なんていらない」「自分さえよければいい」とか。そうすると物語でも対立が生まれやすいと思います。

 

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『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)より



 

小池 それは敵キャラに限らず、炭治郎いての善逸とか、炭治郎いての伊之助とか。それぞれ近さと対比でキャラを作っていくのだと思います。

 

 僕は「分からないこと」が大事だと思っています。例えば敵キャラの目的が明確に「世界征服」とか語られると、「ちっちゃ!」と感じちゃうんですよ。昔のエンタメでは、敵の目的は世界征服とか永遠の命とか分かりやすい欲求でしたが、今は個人的な目的に変わってきています。『鋼の錬金術師』(荒川弘)もそうでしたよね。

さらにそれを押し進めると敵の本当の目的って、主人公たちには「理解できないこと」なのかも知れません。『新世紀エヴァンゲリオン』の「人類補完計画」って、すごく気になるけれど良くわかりませんでしたよね? ただ、やり過ぎると読者が付いてこれないので、分かりやすいフックを作る必要があります。そこはバランスでしょうね。

 


 

議題4「売れるバトルファンタジーを作るには?」

片山 僕も知りたいです!

 

 これを「分かる!」という人には気を付けた方がいいです(笑)。作家さんと担当編集は「僕らは面白い」までは確信が持てますが、それが多くの人に当てはまるかは分かりません。そこから先は麻雀みたいなもので、時の運がかなり影響すると思います。「自分たちが面白い」まで到達できれば生き残れる可能性は上がりますが、売れるかは分からない。運が乗れば大ヒットするかも知れない。

逆に打ち切られた漫画が全部つまらなかったかというと、そんなことはないと思います。作家さんには「時代を先取りしすぎましたね」「いつか歴史が評価してくれるかも」「そのためにも面白いものを作って、過去作もすごかったと言われるように頑張りましょう」と言っています。実際、10年経って重版がかかった作品もあります。

答えになっていないかも知れませんが、「作家さんと担当が、心から面白いと言えるように頑張る」だと思います。

 

小池 「過去に大ヒットした作品はこうでした」は言えますが、今の作品にそのまま使えるかというと、そうではありません。漫画の難しいところは、正解は無数にあるのに「これを繰り返せばOK」がないところ。自分の作家性や持っているテーマから、新しい正解を見つけるしかないと思います。

 

片山 その通りですね。……ただそれだけだと回答として寂しいので、敢えて個人的な考えを挙げるとすれば、技名を入れるといいかも、と思います。日本は柔道や剣道、空手など格闘技が盛んで、相撲にも「決まり手」がありますよね。日本人は歴史的に見ても技が好きなのでは、と推測しています(笑)。

 

小池 逆に『チェンソーマン』(藤本タツキ)は技名がありませんよね。何か理由がありますか?

 

 技名を入れると分かりやすくなりますが、少し幼い印象を持たれる場合もあります。先程の敵キャラと一緒で、どちらが正解というわけではありません。『血界戦線』(内藤泰弘)は逆に「技名を叫んでから殴る漫画です」と、コンセプトとして掲げられていますし。ここもバランスというか、技名を入れることに必然性があるか、違和感はないか、ですね。

 

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『チェンソーマン』(藤本タツキ)より

 

受講生の質疑応答

「グロテスク描写はリアリティを高める反面、嫌がる読者もいると思います。どの程度が良いですか?」

 

 「カッコいいと思える程度」が望ましいと思います。よく作家さんに許容ラインを聞かれますが、「首が飛んだらNG」みたいな明確な基準はありません。そのバトルにおいて、必然性がある残虐性なら許されることが多いです。カッコいいかどうかは感性なので難しいですが、過剰に残虐性を誇張すると読者の嫌悪感が強くなるので要注意ですね。もちろん僕と作家さんがOKでも、編集部がNGであれば直します。

 

小池 どれくらいの読者や反響を狙うかという温度感ですね。あとは作品にもよります。『チェンソーマン』と『鬼滅の刃』『僕のヒーローアカデミア』(堀越耕平)では、同じ首が飛ぶでも受ける印象は違います。それを踏まえて、作品ごとにコントロールするしかないです。

 

片山 『呪術廻戦』の1話のオカルト研究会の井口は、最初のネームでは首を食われて死んでいました。今思うとどちらでも良かったのかも知れませんが、「もしメディア化された時、アニメで多くの人が最初に観るには刺激が強すぎるかなぁ……」と、芥見先生と相談してライトな形にしました。考え方はそれぞれですが、僕は特に物語の最初の方は、敬遠してしまう読者をできるだけ減らそうと考えます。

 

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『呪術廻戦』(芥見下々)より

 


 

「泣かせるための死亡シーンがチープにならないためにはどうすればいいですか?」

 

小池 そこにオリジナリティがあるかどうかで、テンプレに見えたら寒いですよね。「コイツ、こんなところで死ぬんだ!?」というタイミングにオリジナリティを出したり、死ぬ時にすごい刺さる言葉を発するとか、目新しさがあるといいと思います。あとはその死に必然性を感じるというか、「このキャラがここで死ぬことで、作品が面白くなっている」かどうかですね。

 

片山 僕が思い出すのは『ジョジョの奇妙な冒険 戦闘潮流』(荒木飛呂彦)でシーザーが死んだ時の、ジョセフの「リサリサ先生 たばこ逆さだぜ」という場面です。シーザーの死を悲しむ演出としてアイデアがありますし、そもそもシーザーを素晴らしいキャラクターとして育て上げていたから、すごい心に刺さる死亡シーンになったのだと思います。

 

 チープという感情は「見たことある」から生まれて、その回数が多いほどチープになるんだと思います。だから演出や言葉や構成が、他の多くの作品にもあるかどうか。定番過ぎる「死亡フラグ」は、もはやギャグですよね。でも、しっかり関係性までを描いたキャラクターの死が周囲に与えるドラマ、それ自体はチープにはなりにくい。それをどう見せるかだと思います。

 


 

「ファンタジーの設定説明にページを取られてキャラクター描写がおざなりになります。キャラクターと設定を兼ねる方法はありますか?」

 

 頭のカロリーをかなり使わないと理解できない設定は、連載の序盤と読切では避けた方がいいと思います。『HUNTER×HUNTER』や『ONE PIECE』(尾田栄一郎)は設定も多いですが、僕は「お客様との契約が既に済んでいる作品」と言っています。ちょっと長い設定を読む必要があっても、あれだけ面白い作品であることが分かっているから、読者は理解しようしてくれます。

しかし若い、特に読切の作家さんは読者との契約が済んでいないので、別の作品のついででしか読んでもらえない。そして、その「ついで」の機会でお客さんを掴むしかない。だから新人さんの漫画は読みやすさが最優先です。カロリーを使う設定を描いた時点で、お勧めできない戦略だと思います。

 

小池 編集者・漫画家あるあるで「1ページ目は語り(説明)で始めるな」と言われますが、必ずしもそうとは限りません。『ONE PIECE』も『NARUTO-ナルト-』(岸本斉史)も語りから始まっていますから。読者の興味が上回っていれば、説明は説明ではなくなります。

例えば歴史って学校の授業で聞いてもつまらないけれど、大河ドラマにしたら大ヒットする場合もあります。ドラマは視聴者の興味を先行させているから、説明を説明でなくしているんです。

 

片山 議題2にも繋がる話ですが、どうしても設定を入れたいなら、キャラクターを絡めて面白くするのはどうでしょう。『バーフバリ 伝説誕生』という映画では、石のご神体に苦労して水をかける母を不憫に思ったバーフバリが、ご神体を持ち上げて滝に入れて、「未来永劫水は降り注ぐ」というシーンがあります。その行動がバーフバリの「力持ち」「母想い」「信心深い」というキャラクターと、作中の宗教観、文化様式も表現しています。1回の行動で多くを伝える工夫があるといいですね。

 


 

「『鬼滅の刃』『チェンソーマン』は話の展開が速いと感じますが、敢えてでしょうか?」

 

 昔の漫画に比べると、今はテンポが速い方が好まれる実感があると、よく作家さんとも話しています。敢えて速めているのではなく、これがベストだと思っています。

 

片山 読者の興味を途切れさせないためには、テンポよくお話を見せることは大事な戦略です。

 

小池 少し前のジャンプでは『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(秋本治)『NARUTO-ナルト-』『BLEACH』(久保帯人)といった長期連載でじっくり深く見せる作品が比較的多かったので、逆にテンポの速い漫画が新鮮に見えるサイクルなのかも知れませんね。80年代のジャンプ漫画も展開がすごい速かった。もしかしたら今後、またじっくり見せる漫画が目立つ時代になるのかも知れません。

 


 

「好みが少年漫画向けのマスでなく、それでも少年漫画で大ヒットしたい場合はどうすればいいでしょうか?」

 

 大ヒットにこだわらなければ、受け入れてくれる媒体を選べばいいのですが……見たことがない設定やテーマは、まず読切でお客さんがいるか試します。プロとして描くのであれば、最低限、連載ができてご自身が食べていけるだけのお客さんを抱えないといけません。読切で試して戦えるレベルであればやればいいし、いないなら他でやるか、ご自身の描き方を変えるしかありません。

 

小池 個人的にはマス向けじゃない好みは、半分は武器だと思います。ただ、普通にやっても受けないので、伝え方を考えるべきですね。

『逆転裁判』というゲームがありましたが、普通「法廷バトル」というジャンルを聞いたら、子供向けのゲームでは厳しいと思いますよね。でも対決構図やキャラの強さ、ゲーム性などで受け入れられるようにしています。同じくゲームの『ダンガンロンパ』もキャラクターを立てて、すぐ死刑になるデスゲーム感を出して、推理物を新しくアップデートしていました。だからマスじゃないものを、どう売れるようにするかだと思います。

(了)

 


 

この講座は2020年10月31日に開催された「ジャンプの漫画学校」第1期講義「ジャンル別編/バトル・ファンタジー漫画について」からの抜粋です。他にも「バトル・ファンタジー漫画考え方ガイド」「『ブラッククローバー』『鬼滅の刃』『呪術廻戦』の始まり方・共通点」「堀越耕平先生の作品から見る『作者が好きなもの』『読者に受けるもの』との格闘」など、様々な事例や考察が紹介されました。

 

【「ジャンプの漫画学校」とは】

新人作家・作家志望者を対象とした「大ヒット連載」を目指すための講座です。ただし漫画には教科書や方程式はなく、作家によって性格・センス・考え方が違うからこそ「多様な正解」が存在し、そこに至る道筋も様々です。本講座ではジャンプに蓄積された大量の成功例を元に、多様な正解を提示・分析し、受講者それぞれに合った「正解」を担当編集と一緒に探求していきます。

 

https://school.shonenjump.com/

 

※「ジャンプの漫画学校」第2期も準備中!詳しくは続報にて!!

 

©田畠裕基/集英社 

©吾峠呼世晴/集英社 

©藤本タツキ/集英社 

©芥見下々/集英社