ジャンプの漫画学校講義録⑥ 作家編 松井優征先生「防御力をつければ勝率も上がる」

週刊少年ジャンプ・ジャンプSQ.・少年ジャンプ+編集部は、2020年度より、漫画家を対象とした創作講座「ジャンプの漫画学校」を開講しています。
第1期の全10回の講義より、一部を抜粋し、本ブログで順に公開していきます。
今回は「作家編①」から松井優征先生の講義の一部を紹介いたします。
松井先生が語って下さったノウハウや考え方が、クリエイターの皆様の漫画制作の一助になれば幸いです。

 

【講師】

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必ず身に着くテクニック「防御力」!

松井 漫画では「面白さとは何だろう?」といった問題が常に付きまといます。一昔前の編集さんは「面白ければ何でもいい」と言い、では面白いとは何かと聞くと「人それぞれだよ」という人が多かったです。皆さんはそういう人の言うことを聞いてはいけません。「面白い」とは何なのか、それは作家も編集も本人なりに言語化できないといけません。

 そこでまず説明したいのが「防御力」です。

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松井 よく野球で「バッティングは天性」「守備は練習した分だけ上手くなる」と言われますが、それは漫画にも言えます。せっかく面白いものを描いても守備のミスで失ってはもったいないですよね。この「防御力」を頭に留めておいて下さい。

 それではここで「面白さ」の説明ですが、僕の場合、言語化すると簡単な数式になります。

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松井 ここで基準となる「読者の脳が得るメリット」は以下のようなものです。

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松井 ストーリーが面白いと脳が喜びます。「華のある絵」を見ると脳が刺激を受けて喜びます。その他もすべて、読んで浸って脳が喜ぶものです。

 ただしこれらのメリットは作家が既に身に着けているセンスや、その時の運に左右されます。努力して身に付く場合もありますが、大体4割くらいでしょうか? ちなみに「運」とは、『暗殺教室』の「先生が生徒に暗殺される話」というコンセプトです。僕はこれを思いついた時、あまりにありきたり過ぎてすぐにgoogle検索しました。既に誰かがやっているだろうと思って。幸いにも僕が最初でしたが、そうでなければ5年後、10年後には誰かがやっているはず。そんな鉱脈を運よく掘り当てたということです。

 対して「読者が支払うコスト」はこの3つです。

 

<読者が支払うコスト>

・金

・時間

・労力

 

松井 お金、つまり雑誌やコミックスの定価は決まっているので、問題は時間と労力です。

 ジャンプを丁寧に読むと1時間はかかりますよね。普通の人の1日の活動時間が大体16時間なので、その内の1時間を頂くと考えると結構重いコストです。

 そして漫画を読むと脳を使うから疲れます。目も疲れます。ページをめくる手も疲れます。「面白ければページをめくる労力なんて気にならない、脳も興奮しっぱなしだ」と思うかも知れませんが、さにあらず。これについては追って説明するので一旦戻します。

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松井 先程の「面白さ」の数式に当てはめてみましょう。メリットから3つのデメリットを引いて、この差が大きいほど「面白い漫画」です。それでは読者が払う2つのコスト、労力と時間について考えます。

 例えば皆さんの前に、世界中の名作漫画が積まれたとします。これを無料で読めると言われても…恐らく1~2割も読まないと思います。なぜかというと、時間のコストが膨大だから。世界中の名作を全部だなんて、一生費やしても読み終わらない。どんなに名作であろうと、時間のコストはちゃんと存在するんです。

 労力のコストは、例えば名画「モナリザ」が日本に展示されたとします。しかし美術館は歩いて3時間の山の上。しかも館内でも3時間並びます。モナリザの前に着く頃には、体はヘトヘトで頭もまともに働きません。こんな状態では名画を堪能するなんてできませんね。

 つまり時間と労力とは、皆さんの想像以上に減らすべきものです。先程留めておいて頂いた「防御力」とは作家の働きでできる、金以外のコストを減らす努力なんです。

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読者コストを減らす7つのポイント!

松井 では次に読者コストを減らす方法、その代表的なものを紹介します。

 

①大筋を理解するのが容易

松井 『暗殺教室』であれば「生徒が先生を暗殺する話」、『魔人探偵脳噛ネウロ』であれば「謎を食う魔人が探偵をやる話」と、一言で説明できる作品です。これはとても重要で、「何か漫画を読みたいな~」という人に作品を一言で紹介できると、「じゃあ、ちょっと手に取ってみよう」となりやすいんですね。それが「ファンタジー世界に転生した男が様々な強敵と丁々発止のバトルを…」みたいに長々とした説明だと、どんなに面白くても読む気が失せてしまいます。実はこの段階で、読者は読む際にかかるコストを予想しているんです。つまり説明が容易でぱっと入れる漫画は、それだけコストが低いんですね。

 

②どこに注目して読めばいいかはっきりしている

松井 ①と少し共通しますが「今、自分は何のシーンを読んでいるのか?」「キャラクターたちは何を語っているのか?」みたいに内容を見失うと、読者はすごく疲れます。そのためにはそのコマ、台詞、シーンはどんなテーマを持っているのか明確にしなければいけない。

 

③文字数を一文字でも少なく

松井 週刊連載の1話にあるフキダシは、平均して50個ぐらいでしょうか? 全部のフキダシから3文字程度減らしたら、150~200文字くらいの削減になります。200文字って、いざ読むとなると結構な労力ですよね。それを取り除くことができれば、読者の脳に「この漫画は読みやすい」と、潜在的に植えつけることが期待できます。

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松井 こちらは文字削減の例です。左のいかにもな誘拐犯の台詞を削ってみましょう。

人質交換なので「ここまで」持ってくるのは当たり前なので削れます。「引き換えに」も「交換だ」にすれば文字数が減ります。人質交換が終わったら帰すのが当たり前なので、最後の一言も要りませんね。このように、必要のない文字をどれだけ削ることができるか。積み重ねれば積み重ねるほど、読みやすさに返ってきます。

 

④絵が疲れない

松井 『ネウロ』の画面構成はトリッキーさを売りにするところがありました。

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松井 はい、こんな感じですね。消失点をずらしたり極端な遠近をつけたり、そういった表現が作品の随所にあります。でもこういうコマが1話に大量にあると、読んでいて疲れます。だから『ネウロ』では、こういうシーンは1話につき1~2ヵ所と決めていました。

 ではそれ以外のシーンはというと…1ページ前の見開きです。

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松井 正面、アップ、正面…と、むしろ、やっちゃいけないと言われそうなシンプルなコマ割りです。しかし敢えて単調にすることでメリハリも利くし、読んでいて疲れない。なるべく読者の脳が疲れていない状態で、先程の見せたいシーンに突入させる意図があります。

 

⑤不快にさせるキャラやストーリー展開がない

松井 不快なことは単純に脳にとってストレスです。作品では主人公が負けるなどのストレス展開も必要ですが「すぐにリベンジする用意ができている」「試合に負けたけれど勝負には勝っていた」とか、読者のストレスをこまめにケアする工夫が必要です。

 不快にさせるキャラクターとしては、『ネウロ』の主人公・ネウロがそうですね。傲岸不遜でやりたい放題で単体で見ると不快ですが、そこに弥子という相方がいます。彼女はバイタリティが強くて、ちょっとしたことではへこたれない。弥子がネウロのマイナスをプラスまで持っていってくれる。『ネウロ』ではキャラクターのバランス調整を予め設計図に組み込んでいました。

 

⑥つまらないコメディシーンやセンスのないオシャレは省く

松井 すごく残酷な話ですが…。新人さんの読切では時々「すごい楽しいことをやっています」の記号として、序盤に長めのコメディやギャグが入ることがあります。面白ければいいのですが、つまらなければ読むことをやめたいくらいのストレスです。ギャグに自信がなければ読切ごとに少しずつ増やして様子を見る、色々な人に意見を聞くなどしましょう。オシャレも同様です。

 とにかくこの2つは食う情報量がすごく大きい割に、作品の本筋から外れることが多く、②の「シーンをテーマで包む」が難しいんです。失敗した場合の読者のストレスはすごいと覚悟して、慎重にに挟むようにして下さい。

 

⑦読んだ時間・労力の割に内容が濃い

松井 これは一見すごく矛盾しているように思われますが、今回の授業でもメインでお話ししたかったことです。本来であればこれだけで1コマ使うくらいのクリエイターの奥義、それが「兼ねる」です。これから説明していきます。

 


 

「兼ねる」が大事!

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松井 漫画を読んで「すごい内容量なのに、何でこんなにサクサク読み終えたのだろう?」みたいな経験は皆さんにもあると思います。この「兼ねる」は本当に驚くほどの効果で、魔法にかけられた気になります。改めて基礎として、例を紹介させて頂きます。

 まず、下のような場面を描くとします。

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松井 知人に死亡フラグが立っているというコテコテのシーンですね。ノルマとして、作中にこの3つの情報を入れる必要があったとします。

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松井 えらいことになってしまいました。この2コマで1ページを使ってしまったので、めくった次のページに続きの1コマを入れます。

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松井 はい、情報をすべて入れました。でも最後の1コマは、できれば前のページの一番下に収めたいですよね。そういう場合「兼ねる」が活用できます。

 まず、最初の振り向くコマは左右の余白が余計ですね。2コマ目の大きな集英社の絵は、隣のビルまでは要らない。それらを消してこのように修正しました。

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松井 一番コストを食う「主人公のアップ」「燃えている集英社」の2コマを兼ねました。振り向く動作まで兼ねると詰め込み過ぎなので、切り離して最初に小さく入れたのがミソです。スペースが空いたので、次のページにはみ出していたコマも収めることができました。

 そしてこれが重要なのですが、皆さんはこれを見た時、最初の例と比べても情報量が削られたとも、絵が小さくなったとも感じないはずです。これが「兼ねる」の機能です。

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松井 こうしてコマを詰めることができたので、めくった1ページにインパクトのあるコマを入れることができます。多分これ、大西さんです(笑)。

 他にも「兼ねる」は、小さなことから作品全体のマクロなことまで、色々な部分で使うことができます。

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松井 2つのストーリーを兼ねる例は、『暗殺教室』のエピソードです。生徒たちをサポートする烏間先生という大人キャラがいます。彼がメインのシリーズを考えたのですが、生徒たちが主人公の作品なのでちょっと浮いてしまい、アンケートが落ちる可能性がありました。そこで次のシリーズで考えていた主人公・渚の覚醒エピソードを重ねました。烏間先生を活躍させつつ、渚を覚醒へと導くんです。つまり2つのストーリーを1つに兼ねた形ですね。同時に別の物語が楽しめるお得感があり、実際にアンケートでもすごい票を取りました。

 キャラ立てと世界観説明でぱっと浮かぶ例は『トリコ』(島袋光年)です。主人公のトリコは喧嘩が強くて大食いの気のいいお兄ちゃんですが、そのトリコを絶対的なキャラたらしめているのが「グルメ時代」という世界設定です。これらが何を兼ねているかと言うと、まず「入手が難しい食材があります」「入手にはこれだけの時間と手間がかかります」という世界観説明があります。しかし『トリコ』ではこれがキャラ説明にも繋がります。トリコは「食材を入手する難しさ」を聞いた時、ただ舌なめずりをするだけでキャラの説明になるんです。同じ世界観説明を繰り返す必要がない。これはすごいスペース削減となり、その分をバトルシーンに充てることができます。

 台詞と台詞を兼ねるは、先程にもあった台詞の効率化ですね。「俺とお前は」は「我々は」になど、複数を1つにまとめる言葉はたくさんあります。国語力の問題になりますが、きちんとやるとものすごいコスト削減に繋がります。

 こういった例は他にもあり、やればやるほど漫画がブラッシュアップされます。

 


 

防御力を伸ばすメリット

松井 では読者のコストを減らし、防御力を伸ばすメリットとは何でしょうか。

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松井 僕はよく連載をグライダーに例えています。スタート地点から下降線をたどって(人気が)下がっていき、何もしなければ地面(最下位)に落ちて終了。でもどこかで上昇気流をつかむとバンっと上がり、高い位置に戻ってからまた下降線をたどっていく…これを繰り返して、自分の望むところまで飛び続けていくんです。

 長期連載はこの上昇気流を何回つかむかが大事です。そこで防御力があると、人気の下降線を緩やかにしてくれます。つまり急に墜落しない。アンケートで読者は、同じくらい面白い漫画があれば、コストが少ない方に票を入れます。つまり「読みやすい」と思われた漫画は票を獲得する確率が上がり、人気も落ちにくくなります。そして次の上昇気流をつかむまでの猶予が少し延びるわけです。その猶予を活かして面白いストーリーや、とっておきのキャラクターを出すことができれば、また上がることができるかも知れない。この墜落しにくさが防御力のメリットです。

 防御力は自分が気を付けていれば伸びるものなので、ここがおざなりで当確線から落ちてしまうのはもったいないです。

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松井 人間には、調子のいい・悪いがあります。筆が乗らなかったり、いいアイデアが出ない時があります。でも防御力があると読みやすさが維持できて、少なくとも見てもらうきっかけをつかむことができます。

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松井 これが一番大事なことだと思っています。メリットのうえ、さらなる防御力に繋がることでもあります。

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松井 これまで講義でお話ししたことは、理屈では分かってもいまいちピンとこないかも知れません。でも自分がお客として漫画を読んで、そこで気づくことは実体験です。中でもストレスを感じたことは覚えやすく、自分の栄養にもなりやすいです。

 こちらは、僕がある漫画で見た例です。

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松井 こういったコマがあり、台詞がノドに近過ぎて「佐藤」だけ見逃しました。気づかず読み進めていくと急にキャラクターが「佐藤」と呼ばれていて。「えー? いつ名前が出たっけ」と読み返して、ようやく「ああ、ここで呼ばれていた」と気づきました。そのストレスを覚えているから、自分が同じようなコマを描く時はノドから離したり、逆にその前の「やっと来たか」の台詞もノドに寄せて呼び水にします。こうすれば「佐藤」も一緒に見つけてくれる。こういう工夫を思いついたんです。

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松井 皆さんの周りにはヒントが溢れています。漫画を読んで不快感を覚えたりつまらないと感じた時は、そこに皆さんにとってのチャンスが隠れていると思って下さい。

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松井 最後のまとめです。防御力は結局のところ、読者に対する気遣いです。そしてこちらがこっそり仕込んだコストを減らす工夫も、実は読者は気づいてくれています。この講義を受けている皆さんは、人の言葉に耳を傾ける柔軟性を持っているので、きっとお客さんを気遣うこともできるはず。「ここ大丈夫? 読みづらくない?」と、事細かに読者を気遣いましょう。

 

(了)

 


 

この講座は2020年10月3日に開催された「ジャンプの漫画学校」第1期講義「作家編①松井優征先生」からの抜粋です。他にも稲垣理一郎先生による「連載企画の立て方・考え方」、賀来ゆうじ先生による「『華のある絵』について」など、様々な講義が行われました。また受講生からの質疑応答も行われました。

 

【「ジャンプの漫画学校」とは】

新人作家・作家志望者を対象とした「大ヒット連載」を目指すための講座です。ただし漫画には教科書や方程式はなく、作家によって性格・センス・考え方が違うからこそ「多様な正解」が存在し、そこに至る道筋も様々です。本講座ではジャンプに蓄積された大量の成功例を元に、多様な正解を提示・分析し、受講者それぞれに合った「正解」を担当編集と一緒に探求していきます。

 

https://school.shonenjump.com/

 

※「ジャンプの漫画学校」第2期も準備中!詳しくは続報にて!!

 

©松井優征/集英社